第31話 自信は世界を変える

「そこだ」


 教官の人差し指が俺に向く。


「リーベルデ様ご滞在の一週間のうち、なぜあのタイミングで襲撃が起きたのか。まるでグートマンが収容されるのを待っていたようではないか」


 言わんとすることは分からないでもないが、やはりこじつけのような気もする。

 それとも教官は、俺の知らない情報を持っているのかもしれない。ソルが襲撃に関与していると疑うに値する情報を。


「じゃあやっぱり、クレイン達にも容疑が?」


「ああ。奴の家は教会と不仲だ。政治との折衝でよくやり合ってるのは、貴様も知っているだろう。そして学院は、どちらかといえば教会側についている」


 クレインの実家というと、ガウマン侯爵家だったか。

 政治のことはよくわからないが、宗教的な権威と政治的な権威がぶつかるという話は時折耳にする。どちらを尊重すべきだとか、利権はどちらにあるのかとか。


「不仲って言っても……クレインもそうですが、貴族は聖女に傾倒しているように見えますよね」


「だからこそだ。聖女の立場について、教会に異を唱える貴族も少なくない。女神に仕える聖女を、組織の権威に利用しているのではないかとな。その筆頭がガウマン侯爵。クレインの父親なのだ」


 いまいちピンとこないな。

 聖女は教会に属するものだと思っていたけれど、実際はそうじゃないのだろうか。神学に詳しくない俺にはよくわからない。神聖騎士としてあるまじき無知だな。


「待ってください。だったら、今回の襲撃の首謀者って」


「早まるな。疑わしいところから調べているだけだ。断定はできん」


 そうは言うけれども、そんな話を聞かされてしまってはどうしてもクレイン達に疑念を抱いてしまう。


「だが警戒するに越したことはない。気をつけろマイヴェッター。クレイン達を子どもだと思って侮ると痛い目を見るぞ。女というのは男が思う十倍はしたたかだからな」


 教官の警告は真実の響きをもって俺の心を揺さぶった。

 確かに、俺は彼らを甘く見ていたかもしれない。能力はあれど、所詮は十歳も年下の子どもだと。その認識は改めなければなるまい。

 女はしたたか、か。


「それって、教官にも言えることですか?」


「さぁ。どうかな」


 教官は短い笑いを漏らし、俺を一瞥する。


「知りたければ確かめてみればいいさ。その度胸があればの話だが」


 したり顔を浮かべるフォルス教官。

 それだけで十分な答えになっているような気がするのは、俺の思い違いではないだろう。


「では教官。お昼がまだでしたら、ご一緒にランチでもどうですか? もっと話を聞きたいですし、この前のお返しも兼ねて」


 予想外のお誘いだったのか、教官は紅い瞳をぱちくりとさせて俺を見上げる。


「……はは。生意気な口をきくようになったじゃないか」


 そうかもしれない。フォルス教官を食事に誘う学生なんて、前代未聞どころじゃないだろうからな。


「当然、貴様の奢りだろうな?」


「もちろん。女性に財布は開かせませんよ」


「貴様という奴は……存外、軟派な男だったのだな」


「それは心外です。誰でも彼でも誘うわけじゃありません」


「メローネ様にも気障な台詞を吐いたと聞いたが?」


「……素敵な女性に限るということでひとつ」


「たわけ。それが軟派だというんだ」


 そうかもしれない。

 だが誤解しないでほしい。別に下心があって誘っているわけではない。ただ純粋に、教官にご馳走したいと思っただけなのだ。感謝と尊敬をこめて。


「まぁいいさ。大切な教え子からの誘いだ。無下に断るわけにもいくまい。この私を誘ったからには、しっかりエスコートしろよ」


「任せてください。フォルス教官」


 満更でもなさそうな教官の様子に、俺まで浮足立ってしまう。

 なんというか。こうして教官を食事に誘うなんて、数日前の俺じゃ考えられなかった。

 身についた自信が、俺を強気にさせているのだろう。

 あまり図に乗らないように、気を付けないとな。

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