第30話 プロムナードにて

 学内に張り巡らされたプロムナードの上に、真昼の陽気な日差しが降り注いでいる。襲撃によってところどころ破壊されているものの、学内の主要地点を繋ぐという最低限の機能は果たしていた。

 それはともかく。まさかフォルス教官と肩を並べて歩く日がこようとは夢にも思わなかった。


「私は戦闘教官だ。あのように尋問じみたことは専門外。本来の仕事ではない」


 そうでしょうとも。


「ソルの脱走について調査を?」


「というより、襲撃事件の調査だな。いかんせん理事会からのお達しだ。手は抜けん」


「そんなに人手が足りないんですか?」


「職員学生合わせて数百の死傷者が出ている。そのほとんどが非戦闘員でな。私も慣れない仕事を引き受けざるをえないのだ」


 なるほど。教官の苛立ちはこのせいもあるのか。戦闘教官として自責の念に駆られているのだ。この状況では、周囲からのストレスやプレッシャーも尋常じゃないだろうし。


「心中お察しします」


「なに。同情されるようなことではないさ」


 そこでやっと、教官の顔に小さな笑みが浮かぶ。


「それより聞いたぞ。リーベルデ様のお付きになったらしいじゃないか」


「昨日の今日ですよ? お耳が早い」


 おそらく今朝、メローネから聞いたのだろう。あの人も喋りたがりだな。


「腹は括ったようだな」


「ええ、まぁ。教官のご指導があればこそです」


「神聖騎士殿にそう言って頂けるとは、身に余る光栄だ」


 にやりと笑う教官。苦笑する俺。


「おめでとうマイヴェッター。一つ、壁を乗り越えたな」


「教官」


 深紅の瞳が俺を見上げる。あの厳格なフォルス教官が、俺を認めてくれたのか。

 なんだろう。こみ上げてくるこの感情は。

 教官の小さな手が、俺の腰をぽんと叩いた。


「ほら。胸を張って歩け。神聖騎士にふさわしい立ち振る舞いでないと、世間に示しがつかんだろう?」


「ありがとうございます」


 俺の中に淀んでいた劣等感は、今や確固たる自信に変わっている。世間に対してではなく、自分に誇れる自分になれた気がするのだ。

 この人の戒めがなければ、俺はうだつの上がらない男のままだっただろう。


「フォルス教官。あなたが俺の教官でよかった。本当に」


「……よせ。そういうのをはっきり言われるとな、流石に照れる」


 正面を向いた彼女の頬には、ほんの少し赤みが差していた。


「教官って意外とかわいい一面ありますよね」


「調子に乗るな。たわけ」


 ぎろりと睨みつけられ、俺は口を噤んだ。こりゃとんだ失言だったな。

 わざとらしい咳払いが耳朶を打つ。フォルス教官は自分の頬を軽くはたくと、いつもの固い表情に戻した。


「食堂でクレイン達と何を話していた? いや、待て。当ててみせよう。大方パーティに戻ってこいとでも言われたのではないか?」


「大正解です。よくわかりますね」


「奴らが貴様に接触する理由などそれくらいしかないだろう」


 教官はふむと一息。


「マイヴェッター。グートマンの脱走は偶然だと思うか?」


「襲撃の混乱に乗じたのならそうなのでは? ソルにとっては僥倖だったでしょう」


「理事会の連中も同じことを言っていたが、私の考えはすこし違う」


 教官の声が途端に真剣身を帯びる。


「今回の襲撃。リーベルデ様を狙ったものであることは明白だが、目的はそれだけではない。学院の勢力を削ぐ。グートマンを脱走させる。そういった他の狙いがあったのではないかと踏んでいる」


 そんな馬鹿な。いくらなんでも突飛すぎる。


「ちょっと無理がありませんか。ソルがナダ・ペガルを破って投獄されたのは襲撃の前日ですよ?」


 あれほど大規模な襲撃だ。時間をかけて計画されたものに違いない。厳重に警備された学院内に魔物が突然現れるなんて、普通じゃ考えられない事態なのだから。

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