第8話 鑑定の儀

「もちろん、誰しもがスキルを授かれるわけではありません。ごく一部の選ばれた者のみが、スキルという神からのギフトを手にすることができる。私には、そのお手伝いをする力があります。これもまた、女神ダーナより授かったスキルがあるからです」


 うーむ。

 聖女が言うのだから真実なのだろうか。


「言葉を重ねるより、実際に目にして頂く方が早いでしょう」


 予定通りの展開ではあったが、タイミング的には完全に不意打ちだった。

 聖女が体ごとこちらを向き、美貌の微笑みで俺の心を串刺しにした。


「フリード・マイヴェッターさん。どうぞ、こちらへ」


 その瞬間、講堂中の視線が俺に集中する。

 勘弁してくれ。

 どうしてこんなことに。


「早く行け」


 隣に立っていた騎士に小声で叱られ、俺はようやく聖女のもとへと歩みを進めた。

 そして俺は一応の儀礼作法として、聖女の前に跪き、両手を組み合わせた。


「みなさん。ここにいらっしゃるフリードさんは、かつて私の命を救ってくださった恩人です。これから数日かけて、みなさんお一人お一人に『鑑定の儀』を執り行っていくわけですが、その最初の一人に彼を任命させて頂きました」


 参席する生徒達がにわかにざわつき始めた。当然だ。俺みたいな奴が、こんな光栄な役目を与えられるなんて誰が予想しただろうか。

 痛いくらいに伝わってくる。俺に向けられる嫉妬と侮蔑の感情。講堂中から突き刺さるような嫌悪の視線。


 イヤになるぜ。


 一人の騎士が、水晶玉を抱えて聖女のもとへやってくる。

 聖女はその水晶玉を受け取ると、舞台に設けられた台座の上に置き、そっと手をあてがった。


「これより聖女リーベルデが、運命の女神ダーナの御名のもと『鑑定の儀』を執り行います」


 もう始まるのか。

 まだ心の準備ができていないのに。


 透明なだけだった水晶玉が、ほのかな金の光を放ち始める。その光は無数の粒子となって講堂中に拡散し、神秘的な光景を生み出した。同級生達は舞い浮かぶ光の粒を見上げたり、その中心となる水晶と聖女を凝視したりしている。

 当の聖女は、紅の瞳で輝く水晶玉を見つめている。

 俺は跪いたまま、どうすればいいかわからない。段取りとか何も聞いていないし。


「フリードさん。どうぞお立ち下さい」


 柔らかな声に促され、俺はゆっくりと立ち上がる。


「さぁ、この水晶に触れるのです。我らの神が、あなたの内に宿る才を見出だして下さいます」


 言われるがまま、俺は水晶に触れた。

 途端。それまで控えめに光っているだけだった水晶玉が、一際強い輝きを放つ。

 その眩さに、俺は目を細める。


「これは……」


 対して、聖女はその光をじっと見つめていた。

 まもなく光は収束する。

 講堂内はしんと静まり返っていた。

 聖女は驚いたような、あるいは戸惑っているような、そんな表情のまま固まっている。桃色の唇を小さく開いたまま、水晶玉から視線を離さない。


「フリードさん。あなたは一体……」


 そんなことを呟かれたが、俺に反応の余地はなかった。

 聖女は思い出したように我に返ると、小さく咳ばらいを漏らす。


「残念なことではありますが――」


 この場の誰もが心待ちにしていた澄んだ声。


「――あなたの中に、スキルを見出すことはできませんでした」


 あまりにも痛烈な宣告。


 けれど、分かっていたことだ。

 俺なんかに秘められた力があるわけがない。そういうのは、クレインやそのパーティメンバーのような、才能あふれる若者にこそふさわしい。


 講堂からは嘲弄の言葉や笑いが聞こえてくる。

 なにが『鑑定の儀』だ。同級生の前で笑い物にされただけじゃないか。


「ごめんなさい」


 それは俺だけに聞こえる、小さな謝罪だった。

 聖女は声量を変えず、できるだけ口を動かさないように言葉を続ける。


「日が暮れたら迎賓館に来てください。待っています」


 正直、意表を衝かれた。


「さあ、もう下がるんだ」


 何か反応する前に、お付きの騎士に壇上から去るよう促され、俺は何が何だかわからないまま講堂の警備に戻ることになった。


 いや、本当。

 どういうことなんだよ。

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