第9話 想定外の展開

 昼食時。


 やっとのことでその日の任務を終えた俺は、何か腹に入れようと食堂を訪れた。

 生徒のみならず、教官や職員を含む学院関係者すべてが利用するだけあって、食堂はかなりの広さを誇っている。千を超える席数があるにも拘らず、この時間帯はいつも八割以上が埋まっているのは、上手い料理を食べられるからに他ならない。

 これだけ広いと使う席も日によって変わるので、知り合いに遭遇する確率は極めて低い。


 実際、ソロになってからの一か月。俺は幸運にも元パーティメンバーと顔を合わせずに済んでいた。気まずいので極力会いたくないのだ。

 だが、向こうから俺を探してやってくるとなれば、俺にそれを避ける術はない。


「ごきげんよう。フリードさん」


 食堂の片隅で黙々と食事をとっていた俺に、聞き慣れた少女の声がかかった。

 右手のフォークが止まる。それに絡まっていたパスタが、ずるりと皿に落ちた。


「クレイン……みんな……」


 元パーティメンバー達のご登場である。

 中央に立つクレインは立派な金髪をこれ見よがしにかき上げ、貴族然とした堂々たる佇まいで俺を見下ろしていた。


「さきほどはいいものを見せて頂きました。講堂の大舞台に招かれていながら、あのような醜態。滅多にお目にかかれるものではありませんわね」


 クレインの蔑んだ目。ソルのせせら笑い。フレデリカの汚物を見るような表情。ユキの冷めた瞳。


「本当、あなたをパーティから追放して正解でしたわ。危うく、わたくし達の評判まで地に落ちるところでした」


 彼女の声は喧騒の中でもよく通る。いつもより声を張っているせいか、その言葉は食堂中に響き渡っていた。

 当然、注目を集めることになる。


「ふん。こんなおっさん、最初からいない方がよかったけどな。追放は正解じゃなく、必然だったと捉えるべきだ」


 言葉の端々に嘲笑を乗せるソル。いけ好かない。


「まぁまぁ。私の考えるところによるとですね。フリードさんはよくやっていると思うのです。少なくとも一か月、この学院で生き延びたんですから」


 フレデリカが眼鏡を押さえながらフォローを入れてくれる。だが、その口元は侮蔑の形に歪んでいく。


「生き延びただけで、全過程において赤点を記録していますけどね」


 クレイン達は示し合わせたように大笑いを響かせた。

 こいつらは俺を笑い物にして楽しんでいる。なんてイヤな奴らなんだ。

 他の席からもクスクスと笑いが聞こえてきた。クレインに賛同する野次も飛んでくる。

 俺に味方してくれる声など、誰一人としてあげようとしない。


 けど、それがどうした。

 今ここで事を荒立てようものなら、学院に迷惑がかかるし、俺の評価もガタ落ちだ。聖女滞在中はトラブルを起こさない。暗黙の了解。そういう雰囲気が、学院中に蔓延している。

 故にクレイン達は、公衆の面前で俺を罵倒するという暴挙に出たのだろう。俺が言い返さない。周囲も仲裁に入らない。聖女滞在中の雰囲気を逆手に取ったというわけだ。


 俺は食事もそこそこに、ゆっくりと立ち上がる。


「クレイン」


「あら、もしかしてお怒りになられまして?」


 したり顔の彼女に、俺は呆れたような溜息を浴びせた。


「俺は大人だから、ガキの相手はしない。年上を見下して悦に入りたいなら、どうぞご勝手に」


 徹夜明けの妙なテンションと、溜まりに溜まった鬱憤が、煽るような文句を俺に言わせたのだろう。それに、事を荒立てたくないのはクレイン達も同じはず。意趣返しというやつかな。


 言い返してくるなんて思ってもみなかったのか、クレイン達は面白いくらいにそれぞれの反応を見せていた。

 クレインは呆気にとられ、フレデリカは勃然と眼鏡を押さえる。ユキは相変わらずの無表情。


 そしてソルが、わかりやすい怒りを露わにしていた。


「言ってくれるじゃないか。十浪劣等生のおっさん風情が」


 平静を保とうとしているようだが、煮えたぎる怒気を隠せていない。こめかみがぴくぴくと痙攣している。


「ソル。おやめなさい」


 今にも腰の剣を抜きそうなソルを、クレインが嗜める。


「止めるなクレイン。歳ばかり食っただけの奴にコケにされて黙っていられるか」


「ソル! ダメですってば!」


 フレデリカの制止もむなしく、ソルは勢いよく抜剣してしまう。

 おいおい本当に抜きやがった。こいつマジか。


「なぁおっさん。僕は前々から気に入らなかったんだ。あんたの存在そのものが鬱陶しくてね」


「そいつは……心が痛いな」


「しかしそれも今日で終わりだ。貴族への不敬をはたらいた罪は重い。この場で斬り捨ててやる」


 大仰な所作で剣を構えるソル。本気の目だ。彼はここで俺を殺すつもりらしい。

 誰も止めようとはしない。生徒はまだしも、教官すら傍観を決め込んでいる。聖女やら、貴族やら、面倒な社会の仕組みが彼らを縛り付けているのだ。

 皆そそくさと席を立ち去り、離れた場所で野次馬と化していた。


「ははっ。みな気が利くじゃないか。ありがたいお膳立てだ」


 ソルは怒り心頭のまま笑いを零す。


「ほら、おっさんも抜けよ」


 俺は自分の剣を一瞥する。


「抜かないのかい?」


 ここで抜いたら、最悪退学もありうる。少なくとも停学処分は免れない。


「まぁ。どっちでも構わないけどね」


 俺が迷っているうちに、ソルはすでに動き出していた。

 業物のロングソードが迫る。

 残念なことに、防御の機会はとうに失われていた。

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