第4話 舞い込んだ依頼
学院が誇る最先端の医療技術によって、俺の怪我は一時間も経たずに快復した。これを無料で受けられるというのだから、学院生というのは破格の待遇だろう。命がけの戦場に送られるのだから、当然かもしれないが。
今はベッドの上で体力の回復に努めている。傷は治っても、失った血や体力まですぐ元通りとはいかない。
しばらくして現れたフォルス教官が近くの椅子に腰を下ろした。起き上がろうとした俺を小さな手で制す。
「そのままでいい」
いつもは厳しい教官も、今ばかりはほんの少しだけ柔らかい雰囲気だった。
「パーティ脱退の手続きは済ませておいた。お前は今日から正真正銘のソロだ。なるべく早く次のパーティを見つけることだな」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝を」
我ながら元気のない声だ。
教官は苛立ち混じりの溜息を吐く。
「大の男が情けないぞ。いつまで落ち込んでいるつもりだ」
「……すみません」
「まぁいい。それより今は聖女訪問の件だ。形ばかりとはいえ重大な任務だからな。私の口からきちんと説明しておく」
「お願いします」
どんな任務だろうか。
教官は脚を組み、俺と目を合わせた。気まずい。
「明後日の夜。この学院に八聖女のお一人であるリーベルデ様がご来校される。お前の仕事は、聖女の一団が予定するルートの安全確保と、ご滞在中の学院周辺の警備だ。危険があればその排除も含まれる」
「魔物がいたら……」
「無論、処理しろ」
「無茶を仰る」
俺にルートの安全を確保しろと? 力不足にもほどがある。自分の身を守るだけで精一杯なのに。
「そんな顔をするな。この任務の主力は戦闘教官と上級生で構成された部隊だ。お前は補強要員として参加することになる。言うなれば人数合わせだな」
「まぁそういうことなら。けど、どうして俺が?」
声をかけるならもっと適した人材がいるはずだ。よりによって俺みたいな劣等生に声をかけなくともいいだろうに。
「最初はクレインに声をかけたのだ。だが奴は、断固として首を縦に振らなくてな。押し問答の末、代わりにお前を出すと提案してきた」
「えぇ……」
何も聞いてませんが。
「どうしてもリーベルデ様の説法に参席したいらしい。聖女訪問は一大事だ。宗教的な意義も深い。侯爵令嬢としての面子もあるのだろう」
事情は分かる。世界宗教である『ノヴィオレント教』の八聖女。彼女達はそれぞれが不思議な力を持ち、徳が高く優れた人格者であると聞く。平和のため、常に世界を飛び回っているのだとか。
生きているうちに八聖女のご尊顔を拝める人はごく一部と言われる。参席すれば貴族として箔がつくし、まして直接説法を聞いたとなれば一生の自慢話になるだろう。
「ああ、なるほど」
クレインの意図が読めた気がする。これは彼女の嫌がらせだ。面倒な仕事を押し付け、聖女を目にする機会を奪うつもりなのだ。
どうしてそこまで俺を邪険にするのか。まったく理解に苦しむ。
「安心しろ。誰もお前に期待などしていない。比較的安全な場所に配置するから、そこで突っ立ているだけでもいい」
「意味あるんですか、それ」
「先方には警備の数にこだわる御仁もいてな。こちらとしてもそれなりの人数を出さねばならんのだ」
怒り竜の二つ名を持つ教官も、今ばかりはいつもの覇気がない。彼女とてこの依頼が道理に適っていないと理解しているのだろう。けれど学院の教官として、またノヴィオレント教の信徒として、聖女側の要求を呑まざるを得ないのだ。
「どうだ。やってくれるか」
俺は俯き、考える素振りをする。
正直なところ、俺はそこまで聖女に会いたいとは思っていない。今は亡き両親はノヴィオレント教の敬虔な信徒であったが、俺自身そこまで信心に厚いわけではないからだ。
依頼を快く引き受けてもいい。だが、これがクレインの差し金だと考えると、それなりに癪ではある。
「いいかマイヴェッター。パーティを追い出されたばかりで、今後の成績がさぞ不安だろう。この依頼を遂行できれば、少なくとも落第は免れることができる。生きていれば卒業も夢ではないぞ。聖女を目にできないのは気の毒だが、お前にとっても悪い話ではないと思うが?」
「それ、本当ですか?」
今の俺に、それ以上に魅力的な報酬はない。というより、ここで依頼拒否の選択をするのはあまりにも愚かじゃないか。
「女神アイリスの御名に誓おう」
「わかりました」
教官の一言が決め手となった。
神の名に誓うという行為は、絶対の真実、真心を示す時に用いるものだ。神の名に誓った約束を違えれば、永遠の地獄に落ちるとさえ言われている。つまり、教官の言葉に嘘偽りは一切ない。
「その依頼、受けさせてもらいます」
突っ立っているだけで卒業が約束されるなら、願ってもない話だ。クレインへの意趣返しにもなるかもしれない。
この先の学院生活がどうなるか不安だったが、これで一安心といったところだな。
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