第13話 聖女の顔
リーベルデは俯いたまま口を開こうとしない。
彼女が話さないのに俺がべらべら喋るわけにもいかず、しばらくの沈黙が訪れることとなった。
時折吹く夜風が肌寒い。この地域は季節による寒暖差が比較的小さいが、それでも秋空の下はそれなりに冷える。
俺がどうというより、リーベルデが風邪をひかないか心配だった。
「フリードさん」
体を冷やす前にそろそろ何か言おうかと思った矢先、小さな声が耳朶に触れた。
「あの後、わたし頑張ったんです。フリードさんに救って頂いた命を、平和の為に使うと決めて、苦労も、努力もして、聖女になったんです」
ローブの裾をぎゅっと掴むリーベルデと目が合う。
「今のわたし。どうですか?」
なんとも漠然とした問いだ。
どうと聞かれれば、そりゃすごいとしか言いようがない。十数年で交代する制度とはいっても、八聖女はその名の通り世界に八人しかいない。
聞くところによると、聖女は常に世界中を旅しながら、苦しむ民を救っているのだという。
ある時は病に伏せる子どもを癒し。
ある時は人生に迷う若者に指針を示し。
またある時は死にゆく老人に歓喜と希望を与える
驚くべきは、聖女自ら騎士を伴い、闇に巣くう魔物を退治することもあるという。
想像を絶するほどの辛く苦しい旅だろう。ゆえに彼女達は、常人には及びもつかない偉業を為す。だから聖女は尊いとされるのだ。
「ご立派だと思います」
美しい容姿。使命に生きる信念。世界を巡り続ける行動力。
俺にはすこし、眩しすぎる。
「そのような無難な答えが聞きたいのではありませんっ」
急に声が大きくなった。またメローネに怒られるぞ。
「わたしは……わたしが聖女になったのは……」
再び俯いてしまったリーベルデに、俺は気の利いた一言も言えなかった。
彼女の言わんとすることはわかる。どういう意味であんな質問をしたのかも。
リーベルデから向けられる恋慕の念は分かりやすく、気付くなという方が無理なくらいだ。そもそもが隠そうとしていない。
若さゆえに年上の男に熱を上げているだけだろう。やれやれ。そんなのんきな話ではない。
聖女とは偶像なのだ。女神の名代として、人々に慈悲と救いを与え、また人々からの敬慕と憧憬を受け入れなければならない。
特定の異性と親密になることはご法度であるし、ましてや恋愛などもっての外だ。だからこそお付きの騎士は女性が担う。そんなことは世界の常識だ。信仰心の弱い俺でも知っている。
そういうわけで、俺はとぼけるしかない。これは劣等生だとか日陰者だとか以前の話。たとえ俺が王侯貴族であっても、リーベルデの恋心を受け入れはしないだろう。
彼女自身も重々承知のはずだ。
リーベルデはローブの裾を掴む手を小さく震わせている。
うおお。どうしろってんだ。俺に。
「リーベルデ様。件の話をされるのではなかったのですか?」
なんとも言えない空気感の中を、メローネの言葉がすっと通り抜けていく。俺にはそれが天の福音のように聞こえた。
リーベルデの震えがぴたりと止まったからだ。
「……そうでした」
先ほどまでとは打って変わり、その声はほんの少し冷淡に感じる。事務的とでも言うべきか。
立ち上がったリーベルデは、対面のベンチに座りなおす。これで俺と向かい合う形になった。
顔を上げたリーベルデに、それまでのような少女らしさはない。遠くを見据えるような凛としたまなざしには、力強い意志と揺るがぬ風格を感じる。
俺が居住まいを正したのは、ほとんど無意識の行動だった。
「フリードさん」
「はい」
「今朝の『鑑定の儀』で、何か違和感を覚えませんでしたか?」
「違和感、ですか」
どうやら真面目な話らしい。こっちが本題というわけか。
俺は今朝の儀式を思い出す。改めて考えてみると、俺が水晶玉に触れた時のリーベルデの反応がすこし妙だったような気もする。
「強いて申し上げるなら、リーベルデ様が何かをお隠しになったのではないかと、失礼ながらそう感じました」
リーベルデは瞬きを併せて首肯する。
「ええ、おっしゃる通り。私はあなたの中に見出したスキルを隠匿したのです」
なんだって。
それは聞き捨てならないぞ。スキルがあるなら、俺にも一旗揚げるチャンスがあるということだ。
浪人生やら劣等生やらと馬鹿にされた十年間。それを無駄にしないためにも、この話は詳しく聞いておかなければならない。
「一体なぜそのようなことを」
リーベルデは真摯な表情でまっすぐに俺を見ていた。
「あなたを、お守りするためです」
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