第38話 退魔の光刃

 容赦なく飛びかかってきた首無しの魔物を、メローネは華麗な足捌きでひらりとかわしてみせる。


「妙ね。完全に頭を破壊したはずよ」


 メガロ・リーコスの前足はすでに元通りになっていた。周囲の瘴気を取り込み、肉体を再生させていた。破裂した頭部もみるみるうちに生えてきて、低い唸り声が空気を震わせる。

 いくら瘴気が濃いと言っても、死んだ魔物が再生するなんて聞いたことがない。魔物は淀んだ魔力、つまり瘴気の塊だが、肉体を得るにはそれなりの時間を要するはず。

 得体の知れない相手だ。


「メローネ。加勢するか」


「結構。あなたはリーベの傍にいて」


 再びハルバードを構えるメローネ。

 リーベルデの小さな手が、俺のマントを引っ張った。


「あれはただの魔物じゃありません。もしかすると、魔王の眷属かも」


 魔王の眷属。

 かつて、魔王アンヘル・カイドの暗い魔力によって生み出された特別な魔物をそう呼んだと聞く。魔王の復活が近づき、眷属も現代に蘇ったというのか。


「どうします。このまま戦いますか、それとも一度退きますか」


 俺はリーベルデの判断を仰ぐ。彼女は真剣な表情でメガロ・リーコスを見据え、きゅっと唇を引き結んだ。


「退きません。ここで排除します。あれが外に出れば、また大きな被害が出ますから」


 聖女として見過ごせないということだろう。

 メローネが再び風になる。メガロ・リーコスの反射速度をゆうに超えるスピードで、ハルバードの重い斬撃を幾度も叩き込む。敵は堪らず全身を使って反撃するが、メローネにはかすりもしない。赤いマントをなびかせる彼女の戦い様は、あたかもひらりと舞い踊る花弁のようだ。

 華麗な姿に反して、彼女が放つ怒涛の連撃は一つ一つが致命の一撃となって巨狼の肉体を削り落としていく。

 ところがメガロ・リーコスの隆々とした肉体は、損壊した端から即座に治っていく。これではいくらダメージを与えてもきりがない。


「中途半端な壊し方じゃだめね」


 態勢を立て直すべく、メローネは軽やかにバックステップを踏む。

 敵はその好機を見逃さなかった。凶悪な口が大きく開き、メローネに噛みつかんと跳びかかったのだ。太い首を捻り、凶悪な顎が左右広がる。唾液に濡れた鋭い牙が着地直前のメローネに迫る。

 俺は思わず息を呑んだ。あのタイミングは避けられない。

 左右二列に並んだ牙が、メローネを挟みこもうと一気に閉じ――られない。


「あら失礼」


 横たえたハルバードが突っ張り棒となって、メガロ・リーコスの噛みつきを阻んでいた。


「おいしくないでしょう? それ」


 メローネの背に展開する光の刃。その切っ先が一斉に巨狼を睨む。


「おすすめはこっち」


 いつもは心和らぐ微笑みも、戦いの中にあってはその意味を異にする。それは敵と同じく、獣が牙を剥く行為に等しい。


「フラーシュ・セイフ」


 七振りの光刃が、一挙に深い喉へと潜り込んだ。ひとたび、毛むくじゃらの巨体が大きく震える。

 一瞬の後、メガロ・リーコスの全身に亀裂が走り、そこからどす黒い瘴気と、白い閃光が漏れて出る。濁った瞳がぎょろぎょろと動き回る様はひどく滑稽だ。

 そして、瞳孔が大きく開く。

 巨体を突き破って弾けた光は、白光の柱となって、周囲を強く照らしながら天高くまで伸びていく。瘴気の帳を突き破り、青い空までが垣間見えた。


「すっげ……」


 俺はただ呆然と、神秘的な光景を見上げるしかない。

 卓越した魔術師のみが扱える最上級魔法。古き神話の時代、無限の魔力を持ち『大魔導士』の異名で謳われた光の女神ヘレナが創り出したとされる対魔の光刃。

 やがて光は収まり、メローネの後姿が露わになる。

 巨狼の姿は、すでに跡形もなく消え去っていた。


「うふふ。おそまつさま」


 ハルバードを一振り。メローネは微笑を湛えたままこちらに振り返る。

 再生はない。メガロ・リーコスは、完全に消滅したようだ。

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