第2話 踏んだり蹴ったり

 それからはもう最悪だった。


 気がつけば、パーティを追い出されて一か月が経過しようとしている。

 これまでパーティで行っていた訓練や試験を、たった一人でやらなければならなくなった俺の苦労は、筆舌に尽くしがたい。


 ここ剣魔学院では、ほとんどが実地訓練だ。実際にダンジョンを探索したり、魔物を討伐したり、賊と戦ったりしなければならない。

 試験となればもっと過酷になる。戦争中の敵国の軍相手に作戦を遂行したり、戦闘に参加したりする。

 だからこそ、学院では生徒達が数名からなるパーティを組むのが慣例だ。力を合わせ、生き残る確率を上げ、より大きな成果を出すためにも。


 中にはソロで臨む猛者もいるが、俺のような劣等生がそんなことをすれば命がいくつあっても足りない。

 学院とは言っても、そのカリキュラムは命懸けだ。一歩間違えれば死ぬことだってある。

 事実、入学した者の約一割は、卒業することなく命を落とすと聞いている。


 まったくシャレにならない。

 優秀なパーティに加入できて幸先のよかった一学期。順調だと思っていたが、まさかこんな仕打ちを受けるなんて。


 とはいえ、愚痴ばかり言ってもいられない。

 十年も浪人してやっとのことで入学したんだ。子どもの頃からの目標を達成するためにも、こんなことでは絶対へこたれないぞ。

 そう気張ってはみるも、キツいものはキツい。

 一人じゃなにもできない俺は、生き延びることに精いっぱいで、訓練や試験でまったく結果を残せなかった。

 増えるのは傷ばかり。装備も道具もない状態では死んでいないだけ幸運だと思うけど。


 ある時、ぼろぼろになって学院に帰ってくると、とある同級生パーティが俺の姿をせせら笑っていた。


「見ろよ。あれがかの有名な十浪おっさんだぜ」


「うわー、ズタボロじゃん。だっせー」


「ああはなりたくないものよね。ほんと、反面教師として重宝するわ」


「そうだね。あのおっさんを見ると、もっと頑張らなきゃって思えるもんね」


 そう言って大笑いする同級生達。

 俺は拳を握り締める。

 悔しくても、反論はできない。

 どうせ反論しても、コテンパンにされるのがオチだ。俺には力がない。


「そういえば聞いた? あのおっさん、クレインさんのパーティから追放されたって」


「聞いた聞いた。ほんと、よく我慢したと思うわよクレインさんも。やっぱり能力のある人は器も大きいのねぇ」


「クレインさん、ご実家が侯爵家だっけ。目指すならああいう人じゃないとね」


 やっぱり人望があるんだな、クレインは。

 貴族で家格も高く、個人の能力にも秀でている。確かに彼女は逸材だ。


 溜息。


 ダメだな。もうあのパーティに未練はないはずなのに。こんなに苦しいと、パーティを組んでいた時の順調さを思い出してしまう。


「フリード・マイヴェッター」


 学院の庭園をトボトボと歩く俺を呼び止めたのは、気の強そうな女性の声だ。

 ぼーっとしていたため、誰の声かは判別できなかった。ただ名前を呼ばれたことだけはわかる。


「聞こえていないのか。フリード・マイヴェッター」


 二度呼ばれて、ゆっくりと振り返る。


「あ」


 声の主を認めて、俺は慌てて居住まいを正した。


「フ、フォルス教官! 失礼しました!」


 俺を呼び止めたのは、赤と黒を基調とした制服に身を包んだ女教官である。

 肩のあたりで切り揃えられた銀髪を風になびかせ、意志の強そうな深紅の瞳が俺を見上げている。十九歳にしては小柄で、背丈は俺より頭二つ分も小さい。きめ細かな白い肌は、戦場に立つ戦士とは思えないほどに美しい。


 剣魔学院の戦闘教官、フォルス・シャルラッハロート。

 またの名を、怒り竜のフォルスといった。

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