第11話 月夜の明かり

 夜が来た。

 陽が落ちるまで眠っていた俺は、身支度を整えて寮を出る。目指すは迎賓館だ。

 外はすっかり暗い。空には半月が浮かび、星々がきらめいている。

 涼しい夜風を浴びながら歩く中、何度も頭に浮かぶ昼間の出来事。

 剣を失ったソルは逆上して俺を殴り、戒律を破ってしまった。


 いくつかあるノヴィオレント教の戒律の中でも、特に厳しいのが『ナダ・ペガル』というものだ。これは我が身を用いて破壊を行ってはならないという教えである。物を壊したり、生き物を傷つけたりする時は、専用の道具を使用するよう戒められている。人を殴ったり蹴ったりするなんてのはご法度だ。殴り合いのケンカなどしようものなら、両者とも神への反逆者と見なされ神聖裁判にかけられる。

 ノヴィオレント教の主神は、平和と創造の神。神より授かりし聖なる肉体を破壊に用いるなど言語道断、というのがノヴィオレント教会の主張なのだ。平和主義なのは結構だが、ここまでくると強迫的だとも思う。


 ソルは今ごろ何をしているだろうか。いけ好かない少年だったけど、将来有望な若者の未来が閉ざされてしまうのは心苦しい。挑発したのは俺なのだから、責任を感じないわけではないのだ。


 そんなことを考えているうちに迎賓館へ辿り着く。魔法由来の灯火が、三階建ての大きな建物を照らしている。

 レンガ造りである他の建物とは趣向が異なる建築様式は、なんとなく異国の情緒を感じさせる。迎賓館には主に木材が使われており、ところどころにルーン文字が刻まれている。これは経年や雨風による劣化を防ぎ、また強度を上げるための措置だ。これだけのものを作るのに、どれだけの金と人材をつぎ込んだのだろう。さすがは迎賓館といったところか。

 門の前には二人の騎士が立っており、厳めしさを見せつけるように槍を立てていた。


「こんばんは。一年生のフリード・マイヴェッターですが」


 俺は努めてにこやかに挨拶をした。お堅い騎士様の雰囲気にあてられるよりは、こちらから和やかな空気を押し付けていった方がいい。


「聞いている。ただいまリーベルデ様は庭園で涼を取っておいでだ。案内の者を呼ぶから、少し待て」


 騎士はにこりともせず、事務的に応対してくれた。少しくらいフランクにしてくれてもいいのにな。

 騎士が耳元の魔道具を使って通信を行うと、まもなくして案内人が内側から門を開く。


「どうぞ、フリードさん」


 少し低めの柔らかな声。出迎えてくれたのは、妙齢の美女であった。

 俺は招かれるまま門をくぐる。


「はじめまして、と言うべきかしら。私はリーベルデ様付きの神聖騎士。名をメローネ・アマンテと申します。どうか、お見知りおきを」


 柔和な微笑みと仕草。たおやかな立ち振る舞いは、落ち着いた大人の女性という感じを受ける。歳は二十代半ば、俺と同じくらいだろう。

 少し癖のある栗色の髪と、母性を感じさせる同色の瞳は、緊張気味だった俺の心身をいやしてくれるようだった。


「俺はフリード・マイヴェッターです。驚きました。あなたのようなお美しい女性が、まさか騎士様だとは」


「あらお上手。お世辞でも嬉しいわ」


「とんでもない。嘘偽りない本心ですとも」


 口元を押さえて笑いを漏らすメローネ。彼女は騎士の鎧ではなく、ゆったりとしたローブを纏っていた。髪が湿っているところをみるに、風呂上りだろうか。夜風に運ばれた石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。


「さぁ、どうぞこちらへ。リーベルデ様がお待ちです」


「どうも」


 俺は彼女の案内で庭園へと向かう。滅多に立ち入ることのない迎賓館だが、それよりも前を歩くメローネの後姿に見惚れるばかりだった。ぴんと張った背筋と、歩いても乱れぬ姿勢。そういうところは確かに訓練を積んだ騎士らしくもあった。


「フリードさん。一つお願いがあるの」


「なんでしょう」


「昼間の件。リーベルデ様は何もご存じありません。心配ないとは思うけど、くれぐれも口を滑らせたりはしないように」


 一瞬、俺の心臓が早くなる。


「もちろんです」


 ソルの破戒が聖女の耳に入れば、一体どんなことになるものやら。俺も無関係とは言えないだけに、下手を打つわけにはいかないな。

 というより、どうして俺がここに呼ばれたのか未だに謎である。

 間違いなく鑑定の儀での出来事が原因なんだろうけど。


 建物をぐるりと回り込み、庭園に到着する。

 煌々と焚かれた灯火が照らすのは、色とりどりの花々が咲き乱れる緑豊かな景色。シンメトリーの広い庭園にはいくつもの噴水が設置されており、優雅な趣を演出している。

 その中心。大理石造りのパビリオンの下に、一際美しく咲き誇る花。聖女リーベルデの姿があった。

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