第35話 はじめての神聖騎士
翌朝から本格的に、俺の神聖騎士としての職務が始まった。
事前に指示された通り、完全装備を身に纏う。神聖騎士に与えられる純白の鎧。赤いマントには運命の女神ダーナを象徴する水晶の紋章が縫いこまれている。リーベルデの神聖騎士団に予備として残っていたものである。
これを着ただけで偉くなった気になるが、それは錯覚だ。まだまだ新米騎士。この鎧にふさわしい男にならなければならない。
「よく似合っていますよ。フリードさん」
リーベルデの居室。俺の姿を見た彼女の第一声がそれだった
「どこから見ても、誰が見ても、立派な神聖騎士です」
「ありがとうございます」
屈託のない笑顔を向けられ、なんだが気恥ずかしくなる。
「あら、リーベ。そんな月並みな言葉でいいの? 素直にかっこいいって言ってあげればいいのに」
「もうっ。いいの。そういうのはわたしのタイミングで言うんだから」
「ねぇフリード。鎧を着たあなたって素敵。とってもかっこいいわ」
「ちょっと!」
リーベルデが文句を言い、メローネがそれを受け流す。
そんなやり取りを見ていると、俺の中にあった緊張も解れてくる。初日ということで肩に力が入っていたが、この調子だとそんなに固くなる必要もなさそうだ。あるいはメローネはそれを察して茶化してくれたのかもしれない。
「まったく……」
聖女様はこほんとわざとらしい咳払いを漏らす。
「では、参りましょう」
メローネと共にリーベルデに付き従い、学内を巡り歩く。襲撃の被害は思っていたよりも大きく、使用不能になった建物や舗装路が点在していた。
「この分だと、学院の運営にも支障が出ていそうだな」
「目に見える傷はまだマシよ。魔法ですぐ直せるんだもの」
鎧をしっかりと着こんだメローネが、俺の呟きに答えてくれた。
物ならいくら壊れてもまた元通りに戻せる。だが死んだ者は二度と戻ってこない。そう考えると、簡単に被害の感想を述べることは憚られた。
「リーベルデ様。調査する場所の目星はついているのですか?」
「昨日の時点で、魔力の集中している場所を一通りチェックしておきました。魔力の濃いところから順に巡っていこうと思っています」
「目をつけた地点は全部で七つあるわ。今日中にすべて回りきれるかは微妙ね」
学院は広い。すべて調べ尽くすには二、三日かかると見ていいだろう。
「魔物は魔力の淀んだところに生まれます。これから向かう場所には魔物が待ち構えていると考えた方がいいでしょう」
だからこその完全装備か。腰の剣に触れる。スキルを見せられない以上、こいつに頼る場面も多いだろう。頼むぜ相棒。
三人で学院を練り歩いていると、やはり周囲の視線が集中する。
ほとんどは学生だ。その若さゆえか、視線はえらく無遠慮だ。
それも当然か。聖女と神聖騎士がいれば誰だって見る。聖女はありがたく尊貴な存在。単純に物珍しいというのもあるだろう。尊崇や敬拝、好奇。多くのぶしつけな視線に晒されながら、リーベルデとメローネはさも平然としている。
「うふふ。すぐ慣れるわ」
メローネはそう言うが、正直すこぶる居心地が悪かった。
「私達は聖女一行です。見られることに意味がある。私達の威厳ある姿が、皆に勇気と希望を与えるのですよ」
「……肝に銘じます」
リーベルデの言うことももっともだ。
外面だけでもしっかりしておかなければ。人目を気にする騎士なんて頼りないことこの上ないもんな。ただ俺の場合、素性が知られている分ナイーブになるのは許してほしい。
「なぁ。あれって、フリード・マイヴェッターじゃないか?」
「誰それ」
「ほら。あの十浪の」
「ああ、あのおっさんか。聖女様に取り入って騎士になったってのは本当だったんだな」
どこかからそんな会話が聞こえてくる。スキルの影響で耳がよくなったおかげか、自分の名前が出てきた途端に鮮明に聞き取れた。
「滅多なこと言うなよ。お前も聞いただろ。危険指定種を一撃で殺したって」
「ありゃクレインさん達が追い詰めた後だったって話だろ」
「いや。オレ実はあの時そこにいたんだけどよ。追い詰められてたのってクレインさん達の方だったんだよな」
「じゃあ何か? あのおっさんが実力で倒したってのかよ」
聞いた感じ、話しているのは同級生か。
あの日の戦いと、俺が神聖騎士になったことは、それなりに広まっているようだ。
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