第36話 『好き』って言っても…いいんですよね?
美奈が出ていくと、陽太は気持ちを落ち着かせて放心している夕夏に近付いた。
「夕夏さん…」
いつもと同じ優しい笑顔を向ける陽太。その笑顔の裏にどれだけの感情を押し殺して、覆い隠していたのだろう…。
「陽太くん、ごめんね…ごめんねぇ…」
「夕夏さんが謝らないで下さい…、あなたは何も悪くないのに…」
両手を夕夏の頬に当てて涙を拭き取る。夕夏を慰めて陽太は大事な話を続ける。
「夕夏さん、大事な話はもうひとつあります。俺、海藤夫妻と『特別養子縁組』することが決まりました」
「とくべつ、養子縁組?」
「はい。『特別養子縁組』とは15歳未満の子供を別家庭の『実子』として引き取ることです。その場合、元の家庭とは、縁を切ることができます」
「縁を切るって…」
「『南條美奈』の戸籍から『南條陽太』は『除籍』されます。本当の意味で、あの女から抜け出すことができるんです」
特別養子縁組は、様々な理由で親と暮らせない子供が、25歳以上の夫婦の子供になれる制度だ。普通養子縁組と違い、前の家庭の戸籍から完全に外れることになる。
「もう……あの女に縛られなくてすむ…、自由になれる!
これでやっと……やっと……、あなたの『甥』じゃなくなります…」
陽太の目には涙が溢れてきた。けど、もう押し殺す事はしなかった。ぼやけた視界で夕夏を見る。
「夕夏さんに…『好き』って言っても…いいんですよね?」
陽太は眼鏡を外して、涙を拭いながら泣き続けた。
一体どれだけ我慢して、必死に調べたのだろう…。
あの女から逃れるために…。あの生活から脱するために…。
誰にも相談できず、誰にも頼れず、たった一人で糸口を捜し当てた。
なんて忍耐強く、健気な子なのだろう…。
夕夏は陽太を抱き寄せ、癖っ髪な頭を撫でる。
「陽太くん、君はすごいよ。本当にすごい…。私…なにもしてあげられなくて、ごめんね…」
「いえ、俺……夕夏さんがいたから……がんばって、これました。
夕夏さんだけが……
希望だった…から…」
陽太は夕夏の肩に擦りつき、わんわん泣いた。胸の中に溜まり続けた膿を吐き出すように…。苦悩と絶望から解放され、彼はようやく『子供のような』安心感に包まれる。
夕夏は陽太の背中を撫でて、落ち着くまで慰めていた。
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