第28話 『甥っ子』じゃなければな~

 夕夏は墓参りに来ていた。しばらく来ていなかったから、墓石は砂埃で汚れていた。住職さんにバケツと雑巾を借りて、綺麗にしてから仏花を供えて、線香をたく。



 そのまま実家があった場所に向かう。住宅街に家が並んでいるが、一ヶ所だけぽっかり穴が空いていた。すでに家は取り壊されて、買い手を探す看板が付いていた。

 陽太が気を効かせて両親の位牌や写真、アルバムなんかは持ち出してくれたが、それ以外は全て処分してしまったらしい。


 両親と共に過ごした思い出の家がなくなった侘しさと目の前の景色がリンクしているようだった。


 しばし茫然とした後、駅へ向かおうとした時に、取り壊されてない壁に視線を落とした。壁の装飾の一部を触り手に取る。ここだけ自然に外れてしまっていたのだ。


 よくこれを使って陽太と秘密のやり取りをしていた。



 あのクソ姉は家にも平気で男を連れ込んでいた。母が仕事から帰るまでの間、人目も憚らずにリビングや部屋でやってる事もあった。

 そういう時は、陽太は家から追い出される。公園で一人ぼっちの陽太を見つけて、夕夏は図書館へ連れていった。


 その後、陽太が家から追い出された時は、この石を外して図書館へ行くように提案した。帰ってきた夕夏がそれを見て、陽太と合流する。



 夕夏は市立図書館へ向かった。あの暗号を使って陽太を迎えに行っていた場所だ。陽太は同じ場所に座らないので、館内を歩いてあの子の姿を探した。

 陽太が先に夕夏を見つけると、彼は本棚の間を移動して、後ろから夕夏に抱き付いて驚かす。振り返るといたずらな笑顔を見せてくるのが、可愛かった。






 夕夏は駅前の喫茶店に入った。ここも陽太とよく来た場所だ。母が残業の時は、この喫茶店で夕飯を食べた。陽太はカルボナーラが好きだった。お互いに頼んだ料理を食べ合ったりもした。



 夕夏はカルボナーラを頼んで氷水を転がしながら、昨日の事を思い出していた。

 陽太とのキスからの告白は衝撃的だった。彼はいつから自分を恋愛対象として見ていたのだろう…?『ずっと…』と言っていたから、夕夏が実家にいた頃からなのか?

 なつかれてる自覚はあったし、実家を出る時は泣き付かれて大変だった。夕夏の事はずっと特別視していたのだろう。

 それが『叔母への恋慕』から『一人の女性への恋心』に変わったのだろうか?




 アイスティーが先に来たので、シュガースティク3本とミルクを入れる。ストローで吸い上げそのまま唇を触った。

 陽太とのキスは不快じゃなかった。むしろ、気持ちよくてふわふわした。まるで、少女漫画や恋愛ドラマみたいに劇的なキスだった。


 だが、これが本当に恋愛ドラマなら…相手を『甥っ子』に設定したりしないだろう。『絶対に成就しない恋』になってしまう。


 親の再婚で赤の他人が兄弟に~とかならギリセーフだろうけど、陽太は赤ん坊の頃から知っている紛れもない『血縁』だ。DNA的にも戸籍的にもアウトで、ツーアウトだ。


「……陽太くんが…『甥っ子』じゃなければな~」


 そう一人ごちて、ストローを回す夕夏。年の差はあるが、陽太が大人になっても自分を好きでいてくれたら、きっとOKした。素直に好きだと思った。


 けど、彼は甥っ子だ。

 はじめて知った『想われる嬉しさ』も『相手へのいとおしさ』も押さえ込まなければならない。


 きっと、陽太も…身を焦がす程のこの想いを、ずっと抱えていたのだろう…。


 夕夏は到着したカルボナーラをフォークで回し始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る