第38話 ちゃんと話してよね

 海藤家で暮らすために陽太は引っ越す事になった。変な時期ではあるが中学も転校する事になり、その手続きも大変だった。陽太は携帯を解約して、番号も新しい物を海藤家に買ってもらった。


 夕夏も携帯を番号ごと変えて、引っ越しの準備をする。この家は美奈に知られているからだ。陽太に脅されているから、関わってはこないと思うが、念のために逃げておいた。


 この先、あの女がどんな生き方をするとしても自分達とは無関係だ。勝手にすればいいと思った。


 急遽休みを取って新居を捜し、荷物をまとめる。陽太も手伝ってくれたので1日で準備は完了した。


「夕夏さん、これ返しますね」


 陽太が渡してきたのはクレジットカードだ。受け取った夕夏に陽太は頭を下げた。


「すみません!5万円ほど興信所に払うお金に当ててしまいました。いずれ必ずお返しします!」


 腰を90度曲げて謝罪する陽太のこめかみを、夕夏は拳固げんこつをつくって挟む。ぐりぐり力を込めながら怒りをぶつける。


「よ・う・た・く~ん!謝るポイントが違うよ~」


「いっ、痛い!痛いです!」


「最初から事情を話してくれれば、依頼料は全額私が出してたよ!まったく!」


 語尾は声が荒くなった。陽太の頭を掴んで自分に向かさせる。


「君は!なんでもかんでも自分で解決しようとして!こられからは何かあったら!私に話すこと!いいわねっ!」


「はいっ!ごめんなさい!」


「ちゃんと大人に頼って!真っ当に生きること!約束できる!?」


「真っ当になります!2度と法に触れるようなことはしませんっ!」


 恐縮する陽太を見て、夕夏は体罰を止める。


「本当に…ちゃんと話してよね」


 夕夏の声には悔しさが混じっていた。陽太はすべて自力で解決してしまったが、本来なら周りにいる『大人達』が、陽太の現状を察知して、手を差しのべ、導いてやるべきだった。


 なにも出来なかったことが悔やまれ、これからは陽太を守っていこうと心に誓った。


「夕夏さん、新しいスマホはもう届きました?」


「うん…昨日来たよ」


「番号教えてください」


 夕夏はまだ箱から出してないスマホを取り出した。新しくメッセージも登録し直して、その場で陽太とIDを交換し、一番上に『ヨウタ』の名前がくる。


「何かあったら連絡しますし、こまめにメッセージを送ってもいいですか?」


「うん、いいよ!」


 夕夏の笑顔に陽太も笑顔を返した。スマホに登録された『ゆか』の文字をいとおしそうに見つめ、彼は海藤家向かった。

 ねじ曲げられた人生が、これからは修正されていけばいいと切に願った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る