過去は変えられない

第47話 駅で待ってるから…

 過去は変えられない。

 でも、その解釈は変えられる。


 家に帰ると玄関に女性物の靴があった。お母さんの物じゃないし、デザイン的にもうちょっと若い人向けのだろう。靴を脱いでリビングへ近付くと、お父さんと『女性』の声が聞こえた。

 お父さんの知り合いが来ているのかと思って、挨拶してから部屋に行こうとした。この時は相手が『あの人』だとは思わなかった。


「ただいま……」


 ソファーに座るお父さんと手前に座っていた女性がこちらを見る。真ん中分けのロングヘアーに、清楚で清潔感のある印象の30代女性。


 目が合った瞬間、お互い顔が引きった。


 背中に脂汗をかくというのはこういう事を言うのだろう。すっと体温が下がるのを感じる。


 『さゆりさん』だった。誰かといえば『お客さん』の一人だ。


 『おかえり』と言うお父さんの声も聞こえておらず、茫然としていたら、父・良秀が声を大きくして呼びかける。


「陽太、どうしたんだ?」


「えっ、いえ…人がいたので驚いてしまって…」


「ああ、すまないね。会社の部下なんだよ。日下部くさかべ君だ」


「どうも…」


 名字なんて知らなかったが、間違いなく『さゆりさん』だ。大企業に勤めているとは知ってたが、お父さんと『同じ会社』だったとは…。元カノとデート中に出会すより気まずかった。


「親戚の子…ですか?」


 さゆりが良秀に質問する。陽太は黙っていた。


「いや、養子として引き取った『子』だよ。『陽太』という」


「『ようた』…。学生さんですよね?」


 自分の学生服を見て年齢を確認する。そりゃそうだ、彼女には大学生と言っていたから。


「中学生だよ、14歳だ」


「14さい…?」


 明らかに狼狽するさゆり。陽太は目を見開いたまま立ち尽くしている。おいとまする事にした彼女はすれ違い様に陽太に囁いた。


「駅で待ってるから…」


 彼女を見送って陽太は部屋に戻った。今、お母さんがいなくて本当に良かった。勘のいいあの人には変な挙動を怪しまれただろう。


 服を着替えて『本屋に行く』といい、駅に向かった。足取りは重く距離は20分とかからないのに、まるでガンダーラへの道のりのように遠く感じる。


 さゆりさんはお得意様だった。有名大卒で大企業勤めのバリキャリ。お金持ちなので、かなり優遇していたし、もちろん、何度もセックスした。


 一回して数万円じゃ生活費には足りないため、月に何人も会わなきゃならない。けど、彼女とすれば10万以上は貰えた。詳しい事情は話してなかったが、察して融通してくれていたのだ。


 さゆりさんとは金銭のやり取りはあったが、恋人みたいな付き合いだった。デートをしたり、ディナーをしたり、旅行をしたり。彼女とはキスもしてたし、セックスも淡白じゃなかった。


 揺れる彼女の豊満な胸を思い出してしまった。


 最後に会ったのは、今年の2月の半ばだった。『作戦』の目通しがついたから、彼女との縁は切ろうと思った。


 さゆりさんにだけはぶった切らずに『別れ』を告げた。『ママ活』を止めるように言い、『もう、会わない』と伝えた。


 陽太は足を止める。

 このまま会いに行っていいのだろうか?


 また、関係を迫られたらどうする?揺すられたら自分は絶対に断れない。でも、家を知られているから逃げることもできない。


 なんとかして、『両親』にはバラさないように頭を下げるしかない。



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