第48話 今考えるとぞっとします

 暗い思考が纏まらないまま、駅に着いた。コンビニの横で待っていたさゆりと合流し、駅から少し離れた喫茶店に入る。


 一番奥の席に座り、さゆりがコーヒー頼んだ。なにか頼むか聞いてきたが、首を横に振った。頼んだコーヒーが来るのを待って、さゆりが一口飲んでから懇願する。


「あの、お願いです!『あのこと』は、黙っていてくれませんか?バラさないで下さい!」


「待って、えっと…『ようた』くん。『バラす』も何も言う訳ないよ。私にとっても後ろめたい事だし…」


 頭を下げて縮こまる陽太をさゆりは必死に止める。取り敢えず顔を上げたが、この後の展開が読めなかった。


「でも、まさか14歳だったなんて…。どうりで顔が幼いなと思っていたけど…」


「ごめんなさい…嘘ついてて。さゆりさんは悪くないです、だましていてすみません…」


「うふふ、本当にバレたらお互い身の破滅ね」


 かしこまる陽太にさゆりは穏やかな対応をする。彼女が求めたのは陽太の身の上話だった。良くしてくれた彼女をこれ以上誤魔化したくなくて、『ママ活』をしていた経緯を小声で伝える。


「そうだったの、大変だったのね。気になってはいたんだけど、深入りするのは良くないかと思って…」


「いえ、さゆりさんにはとてもお世話になりました。あなたのお陰で生活できたようなものです」


「そうなの。まだ、『あんなこと』しているの?」


「もうしてません。登録も消して携帯も変えたので、誰とも連絡とってません」


「そうでいいと思う。私ももうやってないし、馬鹿なことしてたと思うわ」


「はい、俺も感覚バグってたと思います。今考えるとぞっとします」


 まるで駆け落ちをした恋人が別れて再会したようだった。互いの思い出と罪をなぞるように話す。


「海藤課長はとてもいい方よ。頼りになるし、愛妻家だし、お昼休みにいっつも奥さんのお弁当自慢してくるのよ。


4年前お子さんを亡くされた時は、すごく落ち込んでいて心配だったわ」


 智が亡くなった当時は、良秀は仕事に身が入らず在宅ワークをすることになった。その時、彼の仕事を支え回していたのがさゆりである。仕事の件で自宅に伺うこともあり、その縁で夫妻とは仲が良かったという。


「お子さんを何よりも大切にされていた方達だもの。そんなお二人の子供になれて良かったと思う。もちろん、私達のことを話すつもりはないわ」


「ありがとうございます」


「それにもう会うこともないと思うから安心して…」


「え?でも、父の会社の部下なんですよね」


「うん、仕事は退職する予定だから…」


「…転職ですか?」


「ううん、結婚して相手と一緒に海外に行くのよ。だから、辞めるの」


 さゆりは左薬指に目を落とす。そこには結婚指輪があった。ずっと手はテーブルの上に置いていたのに陽太は気付かなかった。動揺して注意力が欠けていた。


「結婚……したんですね」


「ええ、今年の4月に親戚の紹介でお見合いして、2ヶ月前にプロポーズされてね。トントン拍子だけどお互いいい年だから…」


 嬉しそうに話すさゆりを見て、素直に祝福する陽太。


「おめでとうございます。さゆりさんなら良い人が見つかると思ってましたよ」


「最後に会った時もそう言ってたわね」


「だって俺が会ってきた人の中で一番真っ当な人でしたから…」


 陽太の表情は来た時とは違い晴れやかになった。さゆりの顔もにこやかだった。別れの挨拶をして彼女を駅で見送った。





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