第46話 大躍進です!

 日曜日に夕夏は海藤家に向かう。駅からスマホで場所を確認しながら歩き、住宅街の一軒家に到着する。

 陽太が夕夏の家に2週間に一回はお泊まりしているので、たまには家に呼んだらどうかと愛実に提案され、ご招待された。インターホンを押すと陽太が真っ先に飛んでくる。玄関に入る前に指輪を外すように耳打ちしてきた。確かに指輪の事を話題にされたら面倒なので、夕夏は指輪を外して鞄に仕舞う。

 愛実が出迎えてくれてリビングに通される。ソファーに座って料理の準備をする二人を見て夕夏も手伝おうとしたのだが…。


「お客様なんだから座ってらして……」


「そうですよ。それに夕夏さんが手伝ったら、ひどい味になるに決まってます」


「ちょっと!そんなこと言わないで!」


 愛実の前で『飯まず』を暴露された夕夏。愛実は引くかと思ったが、意外と会話にノッてきた。


「あら、夕夏さんはお料理苦手なの?夫と同じね。あの人目玉焼きも上手く作れないのよ!」


「ふふふ!夕夏さんもですよ。料理下手と卵は相性が悪いんですかね?」


 お互いの連れの料理下手で盛り上がる二人。婦人とこんなに打ち解けているとは、本当に陽太は年上キラーだ!


「あら、私ったらオリーブオイル切らしてたわ」


「俺買ってきますよ。駅に行く途中にありましたよね」


 オリーブオイルの調達に陽太は近くのスーパーへ出掛けていった。愛実と二人で残された夕夏は彼女が入れてくれたハーブティーを飲んでいた。


「やっぱり、あなたと一緒だと陽太は表情が違うわね」


「そうですか。でも陽太くんはお二人と過ごすのが楽しいみたいです。何があったかよく話してくれます」


「そう、嬉しいわ」


 愛実と夕夏の職業について長話をしていると、陽太の帰りが遅いことに気付く。


「あら、あの子遅いわね。30分もかからないはずだけど」


「私、迎えに行きましょうか」


「場所は分かるかしら?」


「駅から来る途中にあったスーパーですよね。行き方は分かります」


 夕夏は陽太を迎えに海藤家を出た。住宅街を抜けて大通りに出ると駅がある方向に歩道を進む。マンションやアパートが並ぶ道を進むと、駐車場のある小さいスーパーが見えていた。入り口近くに陽太の姿が見えたので、声を掛けようとして止まる。


 女の子と一緒にいた。


 彼女は陽太の腕をしっかり握って離さない。クラスの友達かと思ったが、陽太は転校してまだ一ヶ月だ。仲良しの子がいるとは思えないし、女の子の様子は陽太にすり寄ろうとする者の目だ。夏祭りの時の女の子達と同じだった。

 夕夏はちょっと睨んだ後、大声で陽太を呼んだ。


「陽太くんっ!」


 その声に気付いた陽太は彼女の手を振り払い、夕夏と一緒に帰路につく。並んで歩く二人の間に変な空気が流れる。


「相変わらずモテるね、陽太くん」


「そうですね。もっとダサい格好した方がいいですかねぇ?売りをやってたんで見た目には気遣ってたんですけど……」


 茶化した言い方をしていたが、夕夏は明るい返事はできない。胸の奥がもやもやして、杉山の言葉が脳裏を過る。


「陽太くんは……さ、もしも……もしもだよ。18になる前に、私よりも好きになった人ができたら、どうする?」


「…………それって、俺が夕夏さんから乗り換えると思っているんですか?」


「……だって、陽太くんは……モテるから……」


 夕夏は顔を伏せて陽太の隣を歩く。陽太にはいくらでも選択肢がある。これから高校・大学に進学して出会いなんていくらでもあるだろう。アスファルトを見つめていると、陽太が前に回り夕夏の顔を覗く。


「俺に言い寄ってくる女の子に、嫉妬してるんですか?」


 急にイケメンの顔が飛び込んで来たので心臓に悪かった。


「なんで、嬉しそうなの?」


「だって、夕夏さん。前に俺が言い寄られてても見てるだけでしたよね。けど、今日は遮った。前の俺と同じで近付いてくる異性に威嚇した。

それって、モテる甥っ子から気が抜けない彼氏になったんですよね?大躍進です!」


 可愛く笑う顔は本当に嬉しそうだった。夕夏は自分のジェラシーに戸惑っているのに……。


「……そうだね。イケメンで女性経験豊富な陽太くんが、私をずっと好きでいてくれるかなって……不安になった」


 夕夏の心配や不安に陽太は嬉しい気持ちを押さえた。


「夕夏さん、俺11歳の時に真実を知って確かにショックでした。おばあちゃんは泣きながら謝ってくれましたが、俺は別の事考えてたんです」


「別の事?」


「この家の子じゃないなら、夕夏さんとも血縁じゃない。夕夏さんと結婚できるかも~って考えてました。我ながら浅ましいですね」


 照れ臭そうに笑う陽太は頬を染めて言う。


「それくらいあなたが大好きなんです。だから、離れるなんてありえません」


 陽太のその言葉は『好き』や『愛してる』よりも重かった。


「でも、夕夏さんの不安は俺にとっては嬉しいです。現状に安心しちゃうといけないと思いますから」


 そう言って少し前を歩く陽太。夕夏は一歩踏み出して陽太の手を握る。


「……努力する。陽太くんが離れていかないように…がんばる」


「はい、俺もあなたに相応しい男になれるように頑張ります」


 手を繋いで一緒に帰る。恋人繋ぎをするのもぎこちなくなくなった。





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