第40話 浅ましくて、汚ないことばっか!

 当然だが、家事は自分でやらなくてはいけない。掃除はまめにしなくてもいいとして、洗濯、ゴミ捨ては休みの日にまとめて片づける。今まで陽太に甘えていた炊事も自分でやってみようと思った。


 これも向上心と言えるでしょ?え、大したことないって、そんな…。


 近くのスーパーまで買い物に来た。前のマンションは駅の近くにしかスーパーがなかったが、今は食材の買い出しなら徒歩10分の所にあるスーパーが便利だった。

 スマホを見ながら献立の材料を買っていると、陽太からメッセージが入る。『家にいないんですか?』と書かれた着信に夕夏はすぐに返事をした。どうやら陽太は夕夏のアパートの前にいるらしかった。


 急いで戻った夕夏は植木の前で佇んでいる陽太を見つけ、声をかける。


「陽太くん!」


 顔を上げた陽太と目が合う。なんだか半年前とデジャブだった。話はさておき彼を部屋に上げた。


 前のマンションは2LDKで広々としていたが、築年数は古かった。今のアパートはワンルームであるが、築浅でセキュリティーはしっかりした所だ。


 ソファーやダイニングテーブルは入りきらなかったので捨ててしまった。ベッドとテレビとローテーブルの揃った部屋に通し、陽太をベッドに座らせてコーヒーを差し出す。


「急にどうしたの?」


「夕夏さんに会いたくて…」


 まるで遠距離恋愛をしている恋人が急に会いに来たみたいだ。いや、陽太とは付き合ってはいないが…。黙ったままの陽太を観察する夕夏。


 なんだか元気がなかった。環境ががらりと変わってしまったのだから、不安はあるだろうが…。


「海藤さん達と上手くいってないの?」


「いえ、お二人共とても優しいですし、気を使ってくれます」


「……でも、何かあるの?」


「………」


 黙ってしまった陽太。夕夏は膝に置かれた彼の手を握る。


「陽太くん、なんでも話すって言ったよね?」


「本当に不満はないです。俺としては養子縁組をしてくれただけで、十分ありがたいですし…、けど…なんていうか、怖くて…」


「こわい…?」


「『試験養育期間』が終わるまでは、俺は海藤家の子供じゃありません。だから、少しでもお二人と馴染めるように、努力したいんですが…そういうのが、気持ち悪くて…」


 陽太は片手で頭を抱える。千切れるくらい髪を強く握った。


「二人の顔色窺って、良くしようとして、『ママ活』していた時と同じです。相手の様子を見て、喜ぶ行動して、浅ましくて、汚ないことばっか!」


「陽太くん!そんな風に言わないで!」


「ははっ、俺、猫被り過ぎて、『自分』がわかんなくなっちゃったんですかね?」


 自傷と自虐を並べる陽太。少し気持ちがハイになっているように感じた。


「陽太くん、寝れてないの?」


「はい、眠れないです。『智くん』の部屋は、居心地悪くて…」


 海藤の家で陽太が振り分けられた部屋は、智が使っていた部屋だった。彼が10歳の頃で止まったままの部屋は、他人の部屋を間借りしているようだった。


「智くんの遺影を見る度、胃が痛くなります。責められているようで、彼の居場所を奪ったみたいで…怖くて、怖くて…


俺、本当にこれで良かったんでしょうか?」


「いいに決まってるよ。だって本当の両親なんだから…」


「血は継いでても、14年間は赤の他人です!知り合って数日の子供がっ!家に居座って!何様なんでしょうか!」


 踞り抱え込んだ感情を吐き出す陽太。


「俺は自分が逃れたいからって!海藤夫妻を利用して!あの子から親を取ったんですよ!こんな汚くて、醜い俺がぁ!」


 夕夏は陽太を抱きしめて宥める。忍耐強くて賢い子だが、相手の機微や感情に敏感な子なのだ。夕夏は背中を擦って何も考えないように諭す。

 荒ぶる陽太の気持ちを落ち着かせて、夕夏はやさしく語りかける。


「陽太くん、君は本当に繊細で気を使いすぎだね。もっと楽に生きられればいいのに…」


「夕夏さんといると少し楽になります」


「そお、なにかして欲しいことある?」


「添い寝してくれませんか?」


「へ?」


「添い寝です。一緒に寝てください」


 体を放して顔を見合わせる二人。しぼんだ瞼の陽太はとろけた目を向ける。


「いや、その…それは…」


「寝るだけです。なにもしません」


「そう、なら…いいよ」


 にっこり笑った陽太は座っていたベッドに横になり、夕夏をいざなう。


「一緒にお昼寝しましょ。夕夏さん…」




 シングルベッドに陽太と二人で仰向けで眠る。しばし、話をしているとだんだんと陽太の瞼が落ちてきて、寝息をたて始めた。上下する胸元を見て夕夏は寝返りをうった。肩や太股から伝わる陽太の体温にドキドキして、こちとら眠れない。


 まぁ、最初から眠くはなかったが…。


 横向きで眠る夕夏の後ろから陽太が腕を伸ばして、夕夏を抱きしめた。


「よっ、陽太くんっ…」


「このまま、で…いいですか」


 首筋に息がかかる。背中から体を寄せられて夕夏の心臓はバクバクいっている。陽太が回した手が夕夏の手を擦った。


「ゆかさん……、俺が…このまま、海藤家の子になって…18になったら……、おれと……してくれますか?」


「えっ、…なんて言ったの?陽太くん…」


 顔を向けた夕夏は陽太の寝顔を確認する。安らかな顔で眠る陽太に安堵して、夕夏も目を瞑った。


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