親子というものでしょう

第42話 私達の息子になってくれるかしら

 初めて『あの子』が訪ねて来たとき、とても驚いた。インターホン越しに必死に話がしたいと訴えてきたので、夫と共に『彼』を迎え入れた。第一印象はとても利発でしっかりした子だというものだった。同時に年相応ではないと感じた。

 私達の話を聞き、DNA鑑定させてほしいと懇願されて戸惑ったが、頭を下げるこの子に押された。結果を聞いて夫は放心していたが、私は『どちらだった』としてもこの子の要求を飲もうと思った。


 それほど、彼の様子は切羽詰まっていたからだ。


 陽太くんが家に来てからは、賑やかというより、物静かだった。落ち着いた性格なのだと思っていたがそうではない。自分達の『空気を読んで』いるのだ。


 『智』はなんでも自分のしたいことを言う。駄々をこねることも多かったが、言い聞かせれば納得する子だった。


 対して『陽太』はこちらの言うことはなんでも従う。どんな事でも『笑顔』で対応する姿は、少し怖かった。


 そんなこちらの機微を読み取ったのか、積極的に話しかけてきたり手伝いをしようとしてきた。まるで、ご機嫌とりをしているようで苦い顔をしてしまったが、叱ったり諭したりもできない。

 相手の様子に合わせて適切な対処をする。そんな処世術は社会に出てから身に付けるものであって、『子供』がすることじゃない。


 不憫な子だ。今までの環境がこの子に『甘える時間』を与えなかったのだろう。


 彼がどんな生活をしていたのかは、叔母さんである彼女に少し聞いた。母親にこき使われ生活を自分で回していたという。


 自立し考えなければ生きていけない。そんな環境が彼を無理矢理『大人』にしたのだろう。






 前日に夕夏の所に泊まった陽太は『家』に帰ってきた。そして、リビングにいた『両親』に話がしたいと切り出した。ソファーに座る二人を前に手を固く結ぶ。怖かった。声が震えるのをなんとか押さえる。


「あの……俺の過ごす部屋は客間にしてくれませんか?

智くんの部屋は……嫌なんです」


 陽太はガラス性のローテーブルを見つめる。下に置いてある科学雑誌の元素記号が何故か頭に刻み込まれる。


「お二人が、智くんの部屋をあのままにしているのは、お二人にとって『大切な息子さん』だからです。


俺は……お二人の血を継いでいますが、智くんだって『本当の子供』なはずです。


俺は、智くんに『成り代わる』つもりはありません……」


 陽太は胸を押さえた。嫌われるんじゃないか、拒絶されるんじゃないか。その重圧に押し潰されそうだった。


「智くんの居場所を、奪いたくないんです。お願いします」


 膝に頭を付けて懇願する。最初から二人の顔を見れず俯いていたが、どんな答えが返ってくるか、判決を下されるのを待った。


「陽太君、君の意見は分かったよ。でも、客間で生活するのは許可できない」


 父・良秀の言葉に顔を上げた陽太だったが、その表情は戸惑っていた。


「……じゃあ、俺はどこに……?」


「2階にある私の趣味部屋を使いなさい。本をどかせば十分な広さがある」


 2階の北側の大部屋が夫妻の部屋、南側が『智』の部屋で、その間にもう一つ空間があった。覗いてみたら、本で埋め尽くされており、良秀の読書部屋らしかった。


「あら、あなた!ようやくあの本の山を片付ける気になったのね!」


「ああ、断捨離するよ。君の好きにしてくれ」


「では、早速買い取り業者を呼ぶわね!売れないものは全部処分します。いいですね?」


「……はい」


 妻・愛実の意見に素直に従う良秀。海藤家ははっきりいって『かかあ天下』だ。大黒柱である良秀は大企業勤めの課長で年収も高いのに、専業主婦で仕切り屋な奥さんに頭が上がらない。

 良秀が猛アタックして愛実と交際できたというノロケを後々のちのち聞いた。それほど、奥さんが大好きだし、愛実もそれに胡座あぐらをかかず、夫を立てるできた女性だった。


「あの、いいですか?そこまでしなくても……」


「陽太くん、いえ、『陽太』と呼ばせてちょうだい」


 愛実は真っ直ぐ陽太の目を見た。陽太は少し怯えてしまう。この人には何でも見透かされているみたいだったからだ。


「あなたが自分の意見を伝えてくれて、すごく嬉しいわ。私達は、あなたがあまりにも必死だったから、特別養子縁組を組んだわ。

でもね、何の覚悟も相談もなく決めたことではないの」


 陽太を引き取ろうと言い出したのは愛実の方からだった。『実の息子』だったからではない。陽太の悲痛なSOSを感じ取ったからだ。


「親子というとはね、一方が一方の言うことを聞けばいいって事じゃないの。意見をぶつけ合って、擦り合わせて、一緒に生きていくものでしょう。


だから、これからは顔色を窺ったり、機嫌をとろうとしたりしないで頂戴」


 やはり、愛実にはすべて見抜かれていた。浅はかな自分が恥ずかしい。


「親になると決めたからには、あなたが健やかに過ごしやすい環境と提供して、将来を考えられるようにしたいの。陽太もそんな子供に、私達の息子になってくれるかしら…」


 陽太の目からは自然と涙がこぼれた。真っ暗だった未来から抜け出せるなら、養親には何も求めてなんかいなかったのに…。


「何かまだ嫌な事でもあるのか?言ってくれ」


 泣いてしまった陽太に焦る良秀と愛実。陽太はすぐに涙を拭って答える。


「ちがい、ます…嫌なんじゃなくて…そんな事、言ってもらえると…思わなくて…」


 鼻をすすりながら泣く陽太に愛実は彼の隣に移動して、背中を擦っていた。



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