第11話 『ケダモノ』だなんて

 お風呂から上がると夕夏さんがソファーの上で、自分の肩をほぐしているのが目に止まる。ずっと同じ姿勢でパソコンと睨めっこしているので、体が固まっているらしかった。

 俺が肩揉みすると提案したら、すぐに背中を向けてきた。首の付け根や首筋を揉んで、僧帽筋そうぼうきんを揉んでいく。右の首の付け根にほくろがあるを見つけ、舐めたい衝動を押さえて腕を持ち上げる。


「あ痛たたた!やっぱり凝ってるな~」


「夕夏さん、整体とかは行かないんですか?」


「前は通ってたけど、専属の整体師さんが辞めてからはいかなくなったな~」


「じゃあ、エステとかはどうですか?リラックス出来るしいいと思いますよ」


「あっはは!良いこと言うね!でも、なんか敷居が高くて行けないや」


 夕夏さんは美容にお金をかけない。美容院だって2ヶ月に一回ぐらいだし、ネイルとかもやってない。『あの人』はそういうのにもお金を使うから、いつも頭を悩ませていた。


 本当に、『あの女』とは真逆だ。


 夕夏さんにうつ伏せになるようにいい、彼女はクッションを抱えてソファーに寝っころがる。俺は夕夏さんの上に股がって肩甲骨の間を押していく。


 こうしていると『バック』からしているみたいだなという邪念を握りつぶして、肋骨の周りを触る。アンダーバストに指を伸ばしてみたが、夕夏さんは何の反応も示さない。俺が襲うだなんて微塵も思ってないんだ。


 甥っ子が子犬の皮を被った『ケダモノ』だなんて知らないんだろうな…。


「夕夏さん、どこかでリフレッシュしないと体壊しちゃいますよ」


 一通り揉みほぐして夕夏さんの上から退く。彼女は横向きになって俺が座るスペースを空けてくれた。


「ん~、そうなんだけどね~。今取り組んでいる案件がけっこ~ギリギリで、休みの日は出掛けたくないんだよね~」


「最近、残業多いですからね」


「ごめんね、陽太くん。家事とか全部任せちゃって…」


「いいですよ、好きでしてますから!」


 祖母が亡くなってからは家事は自分がやるしかなかった。『あの人』はほぼ家に居ないくせに、いきなり帰ってきて『飯作れ』とか、『あれが食べたい』とか我が儘を言われて面倒くさかった。


 それに比べて夕夏さんとの生活は天国だ。規則正しい生活をしているし、遅くなる時はちゃんと連絡をくれる。家事だって分担してくれるから、それに追われる事もない。


「多分、来月には目処がつくと思うから、そしたらゆっくりできるかな~」


「そうですか。がんばって下さいね」


 俺は夕夏さんの頭をポンポンと優しく撫でた。彼女は照れて顔を反らす。俺が『いつも』『相手に』やってる事なのに、夕夏さんは慣れていないのだろう。本当に可愛い人だ。






 眠る前に『やり取り』を終わらせた。ベッドに入ってしばらくすると、瞼が自然に落ちてくる。睡魔に誘われて眠れるなんて、なんて『幸福』なんだろう。


 本当に前とは大違いだ。何もかも…。





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