第2話 独身なんですか

 彼の名前は南條なんじょう陽太。夕夏の甥っ子にあたる人物。彼の母親、つまり夕夏の姉は非常に自由奔放で股のユルい、クズ女だった。

 実の姉をそこまで酷評するのかと思われるかも知れないが、血が繋がっているのが恥ずかしくなるくらい…ひどい性格と経歴をしている。


 自分の美貌を鼻にかけ男を取っかえひっかえ。略奪・二股・不倫は当たり前。16の時に子供を作って学校は中退、そのままデキ婚。

 だが、5年半で浮気がバレて離婚。慰謝料は親に肩代わりさせて、陽太の親権を奪い取って実家に出戻り。

 自分は働かず、親のスネと養育費を食い潰す毎日。その間も男が絶えた事はなく、2度目の結婚と不倫。その時は亡くなった父の保険金で補ったが、母とは喧嘩が絶えなかったという。


 夕夏は姉と関わりたくなかったので、姉と甥っ子と事は母に任せっきりだった。毎月の仕送りはしていたが、1年半前に母が亡くなってからは止めて、完全に関係を断っていた。


 そのはずだったのに…

 甥を無理矢理押し付けられてしまった。


 陽太を部屋に上げて取りあえず紅茶を出す。姉が一回目の離婚をした時に、5歳から8歳まで陽太と共に生活した事はあったが、夕夏が大学進学してからは1度も会っていなかった。


 『男子三日会わざれば刮目してみよ』というが、6年近く会ってなければ、もはや別人だ。姉の遺伝子を色濃く受け継いだのか、本当に顔が良かった。


「えっと、あの女はどこに行ったのかな?」


 もはや、『姉』とも呼びたくなかった。陽太はマグカップを置いて淡々と話す。


「どうやら再婚するみたいです。玉の輿に乗れるから、子供は邪魔らしいので切り捨てられました」


 もう、胃が痛くなってきた。あの女を本気で殴ってやりたい。


「夕夏さん。本当にご迷惑をかけてすみません。あと1年だけでいいので俺の世話をしてくれませんか?」


 陽太がやけに落ち着き払っているのが、ずっと気になっていた夕夏。子供とは思えないほど冷静だった。

 もしかしたら、彼にとっては天地がひっくり返るような事柄ではないのかもしれない。あの非常識で身勝手な女と一緒にいたから、当然なのか?


「俺が中学を卒業したら、住み込みの仕事を見つけて出ていきますから…」


「え?陽太くん、高校行かないの?」


「はい、お金がないので…」


「へ?待って待って!お母さん…、いや、陽太くんにとってはおばあちゃんか。…が君の学費は別にして相続させたよね?」


「そんなもの、『あの人』がとっくに使い切りましたよ」


 ははっ…という乾いた笑いが出てきた。やっぱり自分が預かっておけば良かったと悔やんだが、相続の金額で揉めに揉めていたので、疲れて諦めてしまったのだった。


「待ってよ!中卒で働くなんてダメだよ。私が学費を出すからさ!高校には行きなさい!」


「悪いです。夕夏さんにそこまでする義務はないですし、お金もすぐには返せませんから」


「子供がお金の事を気にするんじゃありません!私、システムエンジニアだから稼いでるし、結婚もしてないしね」


「独身なんですか…」


 陽太に復唱されて、胸にぐさりと刺さる。現在24歳なのに結婚どころか恋人すらいない。おまけに、『処女』であった。性欲にまみれた姉の姿を見てたせいで、男性や性交に対して忌避きひを抱くようになっていた。


 まあ、言い訳がましいが…。


「では、お世話になります。1年間はここから中学に通います。高校は公立を受験して、金銭的にも迷惑がかからないようにします」


「ここから?私の実家は2つ隣の市だよ。遠くない?なら、私がここ引き払って実家に住んだほうがいいかな~」


 夕夏の言葉に陽太はちょっと眉をひそめた。


「夕夏さんの実家は、もうありませんよ。あの人が売ってしまいました」


「売ったぁっ!実家をぉ?」


「ええ、家財から土地家屋まで全てです。知らなかったんですか?」


 ああ、目の前が真っ暗になりそうだ。これがエイプリルフールなら良かったのに。いや、遺産配分の時、姉の名義にしたのだから、予想はできたか…。

 陽太が鞄とは別に、段ボールを二箱持っていた理由がようやく分かった。本当に身一つで追い出されたのだ。


「なんとか、電車で通います。…本当にいいんですね?俺を引き取っても…」


「何言ってるの?帰る場所のない人を追い出すわけないじゃん!」


「夕夏さんがいい人で、本当に良かったです。ホームレスになる覚悟はしてたんです。昔、そういう経験をした芸人さんがいましたよね?ああなるのかなって…」


「あっはは!上手いこと言うね!」


 夕夏が笑うと、陽太も少し口角を上げて笑った。こうして叔母と甥の同棲生活が始まった。





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