第52話 風呂を作る
3人から解放されると、俺はあたふたと若葉亭へと戻った。
ここでも、ちょっとした地獄の入口のような気配が漂う、そうこの宿の娘のジョゼが軽く鼻をスンとすると放った一言が「女の匂い」である。
半眼で俺を見るも、すぐに女将のげんこつが飛んできた「お客様の諸事情に、首を突っ込まないの」の一言で収まった。
この一件で、ひらめいたのはこの宿に風呂を作れないかと言うことだ。
女将に裏にある空き地の一角に掘立小屋を作っても良いか提案してみた。
女将はこの家の主兼シェフのグリフと相談の結果、宿の業務に支障が出ない範囲でならと許可をくれた。
なので早速、ギルドへと戻ると俺の口座からお金を下ろす。
どういう使い方をしたのか覚えていないが、財布にあった大銀貨6枚が消えていたからだ。
大銀貨20枚を財布にしまい道具屋街をうろつくことになる。
あっちの店こっちの店と、渡り歩きツルハシやら剣先スコップ、平形スコップ大小様々なコテやら漆喰やらと買いまくってだんだんと財布が軽くなっていくも、俺のささやかな願望のためにと心を鬼にする。
途中、魔道具屋によって風呂釜の焚き口について相談も忘れない。
焚き口は考える事ができても、実際に作成が難しいから職人に作って貰うのがベストと考えたからだ。
結局、半日が準備の為に費やされてしまった、そして少し早いが近場で昼食を済ます。
薄くスライスしたパンに、生ハムやら野菜を挟んだサンドイッチをほおばりながら、お茶を飲む。
この世界にも、コーヒーがあったらなあと少し思ってしまった、今後は、世界を回ってコーヒー豆を探しても良いと思う。
前の世界では、大人ぶってショッピングモールに有るコーヒー専門店であらゆる豆を買いあさっては、うんちくを友達に垂れていたが実は、それほど豆の違いは分かっていなかった。
わずかな違いはなんとなく分かるが、どれが何の豆かまでは分かるまでには至らなかった。
この世界に、来てからは飲んでいないので近い物が飲みたいとは思う。
昼食を、済ますと宿に帰り裏庭で土木工事だ。
建設予定の場所と路地裏の排水路の間に糸を張り細い管に水を張った物で勾配を測り、それに沿って溝を掘って排水管を通す。
小屋の周りをレンガと板で組み合わせた囲いを造り、中には二つの浴槽を設置して間を隔て男湯と女湯を造る予定なのだ。
この世界で、お湯を作るというのは、結構な重労働で有り貴重な物だ。なんせ、薪を焚いているのだから、それなりの労力や材料費がかかる物だ。
午後をそんな感じで作業を行なって行くと周りが暗くなってきた。
一人で作業をするのも限界があるわけで、何を作っているか分からない形で作業を終える。
汗を拭くための湯をもらい、サッパリした後に食堂に行くと女将さんから「何か結構大きな物を作るつもりなんですね。いったい何をお作りになっているんですか?」
「ごめんなさい。ご迷惑になることになるとは思いますが、できあがってからのお楽しみと言うことで秘密です」と返した。
一日中あちこち回ったり、土木工事のまねをしたりと結構重労働の後の夕食は、とても美味しく頂き、すぐに就寝となった。
2日目、作業の続きを開始する、こつこつとレンガをひたすらに漆喰で積んでいく地道な作業になった。
いくら積んでもいっこうに進まない感じではあるが、完成したときに湯を浴槽から溢れさせながら入る贅沢な光景を思い描きながら進める。
1週間があっという間に過ぎてしまうとようやく外観ができあがった。
間道具屋も、焚き口が完成したとかで設置に来てくれることが決まった。
そうなったら、浴槽の方を先に仕上げないと焚き口の位置調整ができないと言われそうだな。
土を盛りそこに石を貼り付けその上から木の板を隙間無く並べていく形的には酒樽を縦に割ったような感じになる。勿論、水抜きの栓も付けた。
栓は柔らかい木をくりぬき、石材の芯を通す形にした。
石材には穴を作り、その穴にフックを引っかけて栓を引き抜くと浴槽の水が抜けるのだ。
急いで二つの浴槽を作り終えてしばらく待つと、焚き口となる魔道具を荷車に積んだ間道具屋がやってきた。
二つの浴槽を同時に暖める為、結構な大きさになったが、設置自体はすんなりと行なってくれる。設置した魔道具屋には、大銀貨5枚を成功報酬として支払った。
さらに、2日を要してようやく、風呂場の完成をみた。
水は地下からくみ上げる魔道具があるためこれを応用して風呂の焚き口と組み合わせた結果、湯温を調節しつつ掛け流し的な雰囲気が楽しめる様な作りになった。
宿の主3人に立ち会ってもらいながら、風呂の試運転を行なうべく焚き口に魔石をセットする。
魔力を得た焚き口が、ゴゴゴと低く唸りだしお湯が浴槽に満ちていく。
お湯で満たされた浴槽に、3人に入って貰うことにした。
女将さんとジョゼには、女湯の方に、そして俺とグリフさんは男湯の方に入る。
事前に風呂の入り方としてかけ湯を十分にすること、このときに体をこすって汚れを落とす事とレクチャーは済ませている。
桶で、かけ湯をすると湯船に浸かる。
自然と「ああ~」と声が漏れる。
やっぱり風呂は良いな~。
のぼせる前に、風呂から上がり3人に感想を聞いたところ大絶賛で、この日以降若葉亭は風呂がある宿屋として有名になった。
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