第37話 宿の夜

 彼女の手を取ったはいいが、鼓動が早くなり相手に気づかれないか気が気でない。

 彼女は、そんなことはお構いなしに集中を始めたので、彼女から流れ来る何かを感じようと手に集中した。

 先生と同じ様に数回呼吸を繰り返すぐらいの間で、手を離された。

 不思議に思っていると彼女から、「ある一定の時間で感じなければいくらやっても効果は、出ないの。要は時間より回数なのよ。だから頑張ってね」というと、自分の練習に戻っていった。

 そんなものかと思い俺も瞑想を続けようとしたら、今度は男がやってきた。

 整った顔立ちに自信に満ちた強い視線の青い目が俺を見据えている。

 「武術でいい成績をとったそうじゃないか。魔法が使えなきゃそっちで頑張ればいいだろう。こっちで訓練する必要あるのか?先生には、人に教えるのも訓練だからと言われてきたけれど俺は自分の訓練がしたいんだが」面と向かうなり嫌味を言うかよ!俺も無理やり付き合ってもらわなくてもいいけどね。先生も必要と判断したからこいつをここに越させたわけだから、俺が大人な対応をしようじゃないか。

 「まあそういうなよ。自分のためと割り切って少し付き合ってくれよ。ほんの数十秒ほどの時間なんだし」と返し手を差し出した。

 野郎と手を繋ぐ趣味はないが、魔力の循環には必要だからしかたない。

 奴もこちらが下に出たものだから、いやいやながらも手を繋いで魔力を流してくれているようだ。残念ながら相変わらず何も感じない。

 一連の操作を終えるとすぐに離れて行ってくれた。友好的に接してくれなかったことには少し残念な気も少しある。

 そのあとも何人か来てくれたが、講義の時間では何も感じることはなかった。

 先生は、一日で感じることは稀なので気落ちしないで続けるようにと指示してきた。


 消化不良気味の講義を終え学校を後にしたが、もやもや感が残り少し体を動かしたくなったもののこの時間から魔物を狩りに町から出たら、門が閉まってしまうから宿の裏で剣の素振りでがまんと宿に帰った。

 夕飯を食べ終えると宿の裏で剣を無心にひたすら振り続ける。

 どのくらいの時間がたったのか判らずにいると、ふと人の気配に素振りをやめ気配がしたほうに目を向けるとジョゼが、タオルを持って立っていた。

 「夜も遅くなってきました。あまり無理をすると明日に堪えますよ?」と、手渡してくれる。俺の体のことを心配してくれるとは、美少女に言われればついつい従ってしまう。

 「ありがとう!これで上がるよ」額の汗を手渡されたタオルで拭いながら答える。

 「冒険者学校はどんな感じなんですか?」

 「座学は、結構難しいかな?真剣に聞いているけど、結構眠くなるので頑張って起きているってところかな。剣のほうはなぜか教える側になってる。魔法に関しては落ちこぼれ状態だね」

 「どれも一日で成し遂げられるほど簡単じゃないですよね。剣のほうは教える側ってすごいじゃないですか!そのうち魔法だって使えるようになれると思いますよ?できないことを教えるようなところじゃないと思いますから」ガッツポーズをして励ましてくれる。

 「あはは、ありがとう。魔法に関しては少し気落ちしていたから元気が出た!」

 自分の言葉で励ませたことに少し驚いて、恥ずかしそうににこりと笑顔を返してくれる。

 初めのころは、ドキドキとして何も考えられなくなっていたのにこの笑顔に、ようやく慣れてきてこれが見れるのがうれしくもある。

 「お友達のほうはどうですか?」

 「この年で入ったからか、最初は距離を置かれてたかな?剣術をとっている子は授業で先生から一本取ってからは、師匠扱いでいろいろかまってくるよ。ロイってやつが、はじめかみついてきたけど今は一番仲がいいかな?魔術では、良い結果が出ていないからまだそっちをとっているやつとはあまり話せていない感じかな」

 「師匠扱いですか。それはいいですね。魔法のほうでもいいお友達ができるといいですね」とクスクスと楽しそうに笑ってくれる。

 前世では、道場で師弟としての話はしていたが、このように女の子と何でもないことを話すことがなかっただけに、とても大切な時間だとおもった。

 「ジョゼのほうはどうだい?」と問い返す。

 「私のほうは、毎日代わり映えしませんよ。こうして息抜きにおはなしするぐらいです。あっ!ごめんなさい。鍛錬の邪魔をしておいて息抜きだなんて」慌てて頭を下げる。

 「何言ってるんだい。いいタイミングで上がるきっかけをくれたんじゃないか。それに、励ましてくれて明日も、頑張るぞ~って気持ちにさせてもらいました」ペコリとして笑う。

 暗くて顔色まではよくわからないが、顔を赤くしている風に感じたジョゼが両手を胸の前で振って「私なんかの言葉が、励みになるなんて」と否定して慌てている姿が可愛い。

 ちょっと意地悪してみたくなって「いやいや、こんな人気者の美人さんに、気にしてもらってるなんて光栄の極みさ」というと「っつ」と言葉に詰まりジョゼが顔を伏せてしまった。

 からかいすぎたのかな?でも、女の子にこんなことを言えるようになるとは。

 満点の空には星が無数に輝き、二人の間には夜風が軽く吹き抜けていく。

 ゆっくり流れていく時間にまったりとしてしまう夜だった。

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