第7話 王女の護衛剣士
新しい雇い主の命により、ヤトは村人に交じって護衛の騎士とヘスティの傭兵達の遺体を弔った。
墓の前では病み上がりのアルトリウスとサラもいる。
アルトリウスは同僚達への最後の挨拶に、サラは略式ながら葬儀を行なったためだ。彼女は見習いだったが神官として教育を受けており、過去に葬儀の進行役も経験しているので問題は無かった。
それとヤトは村の村長に革袋を渡した。中身はロングから貰った前金の金貨だ。直接ではないが、家畜小屋を燃やした詫びと墓穴を掘ってもらった謝礼である。
村人は護衛騎士を何人も殺した傭兵の生き残りと知って恐ろしかったが、断ると何をされるか分かったものではないので震えながら黙って受け取った。ヤトにとって金は最低限あれば十分だったのと新しい集り先も確保したので未練など無かった。
葬儀の翌日、サラ一行は馬車に乗って村を出立した。
護衛は居なくとも身の回りをする使用人も数名同行しているのでそれなりの人数になる。当然だが誰もヤトと親しくしようとする者は居ない。
そのヤトが道中何をしているかと言えば、雇用主のサラの護衛である。使用人は危険だと諫言するが、そもそも護衛が怪我人のアルトリウスしか残っていない状況では是非もない。主人からそのように言われてしまっては押し黙るしかない。
同じ馬車に乗る二人。移動中は手持ち無沙汰だったので、サラはヤトに話しかけていた。
「ヤトさんは私を殺せとは言われていないんですね?」
「ええ。盗賊は殺してもいいですが、村人はなるべく殺すなと言われました。そもそも貴女や護衛騎士の事なんて一切知りませんでしたよ」
「囮……にしては変です。本当に私を狙ったのならこうして私は生きていません」
「そうですね、あの指揮官のメンターは傭兵以外にも自前の兵を用意していた。でも火をつけてから音沙汰無し。ただ騒動を起こしたかっただけなのかな」
「だとしてもわざわざヘスティ国がそんな事するなんて」
「そういえば狙われた経験があったんですね」
アルトリウスからサラが狙われる立場にあると話していたのを思い出した。ただそれらはアポロン王族として同じアポロンの権力者から狙われた経験であって、他国からわざわざ襲われた事は無いのだろう。
問題はそれでヘスティの誰が得をするかだ。これが国王や次期国王、あるいは王位継承権の上位者なら隣国に混乱を与えられる利になる。しかしサラは数多くいる王女でしかない。正直リスクの割に利益が薄すぎる。いっそ色恋沙汰や痴情の縺れのほうが納得出来る。
だから現状で一番可能性の高そうな、それでいてヤトの一番好みな動機を挙げてみた。
「案外王族なら誰でも良かったのかも。戦争する口実が欲しかったとか」
「せっかく平和が続いているのにですか?もし本当なら許せません」
元々ヘスティとアポロンは隣国の宿命として過去に何度も戦争をしていた。ここ十年間は平和が保たれていたが、領土問題や資源をめぐる火種はそう簡単に消える物ではない。戦争によって生まれた遺族の感情も未だ風化していないのだ。
サラも幼い頃の自国の戦争の記憶が強く焼き付いていた。彼女の血族にも還ってこなかった者が何人もいる。あのような悲しい時間が再びやって来ると思うと憤慨する。率先して引き起こそうとする者が許せない。
しかし傭兵であり戦いを求めるヤトは無言のまま同意しない。本音を言えばこのまま両国の関係が拗れて戦争になってくれた方が良いとすら思っていた。そうすれば大っぴらに戦場で強敵と剣を交える事が出来た。女子供の望む平和など御免被る。
「なんにせよ、こういう時は専門家に任せてしまうのが一番です。僕らは早く城に向かいましょう」
「そうですね。アルトリウスにもお城でゆっくり静養してほしいです」
国の平和を想っているのは事実だろう。そしてアルトリウスの容態も考えればそれが最適だ。ヤトはサラがどういう性格なのか少し分かった。
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―――――――三日後。何度か最寄りの村で宿泊しつつ、一行はそれなりの規模の街に到着した。ダリアスという名の街だそうだ。
馬車には王家の紋章が掲げられているので街の中にはすんなり入れた。
そして門衛に誘導される形で一行は街の領主の館へと案内された。
客間には王女のサラと護衛騎士のアルトリウス、そして表向き彼の介添えとして肩を貸しているヤトの三人。
ほどなく開け放たれた扉から四十歳を過ぎた太った男が入ってきた。身なりからしておそらく街の領主かそれに近い立場の人間だろう。部屋に入ってすぐにサラに首を垂れ、大仰に歓迎の意を示した。
「再び姫様をお迎え出来て、このダイアラス感嘆の極みでございます」
「急な滞在に対応していただき、ありがとうございますダイアラス様」
「何をおっしゃる!このダイアラス、王家の方の為なら火の中水の中!――――所で騎士アルトリウスはお加減が悪いように見受けられるが?」
「ご賢察に恐縮します。少々問題がおきまして、急遽王都へ帰還となりました」
「ふむ、後で医者の手配はしておきましょう。ところで姫様はすぐにでもご出立成されるのですかな?」
「可能であれば。事は一刻を争います」
強い意志の宿った眼差しにダイアラスは若干気圧された。そして彼はそれを誤魔化すかのように視線を泳がせつつ、傍に居たヤトを話題に挙げた。
ダイアラスは行きにサラ達の一行の護衛騎士を何度か見ているがヤトは初めて見る。生きと帰りで面子が違うのを不審に思うのは道理だった。
「彼は慰問中の村で雇った旅の剣士です」
「ほう、傭兵ですか。王族の護衛とは一傭兵には過分な名誉だ、一生の誇りにせよ」
「ええ、そうさせてもらいます」
ダイアラスが尊大に言葉をかけるも、ヤトにとっては心底どうでも良かったので言葉だけは慇懃にしていたが、内心が透けて見えていた。彼は怒りを露わにしかかったが、サラの居る手前必死で押し隠した。
短い会談は終わり、ダイアラスは退席した。そして入れ替わりに使用人が、それぞれの部屋に案内すると申し出る。
サラとアルトリウスは素直に使用人に付いて行こうとしたが、ヤトだけは首を横に振ってお断りした。
「ちょっと街の傭兵ギルドに顔を出してきます」
「なにか御用でも?」
「一応今までの説明とか、情報収集をしておこうかと」
一時的とはいえ除名処分を受けたヤトが歓迎されるはずもないが、依頼に虚偽があった事実は最低限の義理立てとして説明しなければならない。そしてギルドが今回の一件をどう扱うのかを多少は知っておく必要があった。
その説明に納得した王女と騎士は、ヤトにちゃんと帰ってくるように念を押してから送り出した。
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