第31話 二度目の失敗は無い



 ヤトは大木の直撃によって跳ね飛ばされた。

 巨人の片割れを討ち取った英雄の末路を見た兵士達は急展開故に動けなかった。それは多くの兵士の命取りとなり、憎悪に燃える女の情念の贄となる。彼等は無惨にも虫のごとく踏み潰され、叩き潰された。

 アルトリウスは指揮を忘れ、跳ね飛ばされて大木に圧し潰されたヤトへと向かう。

 彼は従士と共に今もヤトを圧し潰している大木を押しのけようと必死だ。さらに何人もの傭兵達が加わって、ようやく木をどかした。


「しっかりしろヤト!!まだ死ぬなっ!」


 必死で声をかけるが、当のヤトは血だらけで全身の骨が砕けている。まだ辛うじて息をしているが、とてもではないが治癒魔法でも無ければ、後数分で息絶えるような瀕死の重傷だった。しかしそれでも剣を手放さない。恐ろしいまでの剣に対する執念と言うべきか。

 傭兵達も何とかして出血を抑えようと手持ちの布で傷口を縛ったり止血するが、無情にも血は流れ続ける。特に恩を感じているゾルとゼクシは悲しみに打ちひしがれた。

 もはや一人の剣鬼の命が永遠に失われようとしていた時、変化が起きる。

 痙攣が治まり、破裂した肉の出血が止まる。骨の飛び出た四肢は再び肉の内部に納まり、元の引き締まった筋肉へと戻る。

 血だらけの胴体も古傷は無数にあるが、出血した傷は恐らく無いと思われる。年相応の活力に満ちた肉体だ。

 手当をしていた傭兵はこの異常事態について行けずに呆然と佇むが、そんな事はお構いなしの元瀕死の青年はゆっくりと立ち上がり、目を見開いた。


「あー危なく死ぬところでした。お騒がせしました」


「き、貴様……なぜだ」


 どう見ても死体の一歩手前だった男が一分にも満たない時間で全快したら誰でも驚愕する。

 蘇生した本人は周囲の心情などお構いなしに自らの身体の具合を測り、異常が無いのを確認した。

 そしてアルトリウス達の質問を無視して、未だ怒り狂って暴れまわっている女巨人を見据え、さらに離れた場所で呑気に歓声を上げているヘスティ兵を視界に捉えた。


「僕の事は後で構いません。先にあの巨人を何とかしましょう」


 ヤトの言葉にアルトリウスは我に返る。確かに戦はまだ終わっていない。今この瞬間にもアポロン軍は劣勢に追い込まれている。ここで何もしないのは騎士としての責務を放棄するに等しい。何よりも既に勝った気になって笑っているヘスティの奴らに目にもの見せてやりたかった。


「あ、ああそうだったな。貴様は戦えるのか?」


「ええ、万全です。だから巨人は僕がやります」


「いいだろう、二度もヘマはするなよ。我々は兵を引き連れて、向こうで高みの見物を洒落込んでいる連中を叩く」


 短いやり取りの後、アルトリウスはランスロットと共に残存兵を纏め上げ、ヤトは再び巨人と相まみえるために屠殺場となった戦場へと舞い戻る。


 涙に濡れた単眼の女巨人は手当たり次第に殺し続け、アポロン兵の被害は優に百を超える。既に彼女の周りには死体だけとなり、ほんの僅かだが冷静になった。それでも心は未だ激情に突き動かされ、血を欲していた。

 そして巨大な眼が半裸のまま疾走するヤトの姿を捉えた。あれはまさしく己が伴侶の首を落とした憎き小人。死にぞこないが再び我が眼前に立ち塞がるとは許し難い。同時に、自らの手で潰して肉を噛み砕いてから吐き出してやれる。そうして留飲を下げて、少しでも番を失った悲しみを癒したかった。


 ヤトは悲しみを背負った女巨人と対峙した。どちらもまだ互いに触れ合う距離ではない。

 彼女はもはや泣くのを止め、怒りと哀しみの混ざった瞳で宿敵となった男を見据えている。

 先に動いたのは巨人。彼女は巨大な足で散乱する肉や武具の残骸を蹴り飛ばす。それらは飛沫となってヤトに襲い掛かる。

 巨人の脚力で加速した物体はたとえ柔らかい肉だろうが、当たれば容易く人体を破壊する。

 しかし彼は避けるどころか、臆さず飛沫の中へと飛び込んだ。そして指以上の大きさの物体を全て剣で叩き落し、それ以下は無視して耐えた。ここで下手に避けるより、肉の残骸に混じって血煙と共に近づいた方が相手の視界から逃れられる。勘だ。

 ヤトは己の勘に命を預け、土と草と血肉その他の中を突っ切った。が、その先に巨人は居ない。

 予想外の展開に一瞬思考が止まったが、太陽が遮られたのに気付き、すぐさまそこから飛び退いた。巨人はその巨体を宙に飛ばして、大の字を作って地面に己の身を叩きつけた。

 激しい地響きによって姿勢が安定しないヤトだったが、いっそ跳んでしまえば揺れは関係ない。一足で跳び、巨人の左腕に乗る。

 そして最小限の気功術で剣を強化、腕の腱を斬って身体の上を移動。もう片方の腕も同様に斬った。

 痛みで暴れる巨人に振り落とされたが、すぐさま足の部分に回り込んで、立ち上がる前にやはり腱を斬った。

 こうなると如何に巨人とてどうにもならず、残った足をばたつかせて苦しい反撃に出るが既に時遅し。

 再び身体へと飛び乗り疾走。そのまま哀れな女巨人の延髄へ赤剣を抉るように刺し込んだ。

 それでも巨人は激情を糧に動くも、もはや意味の無い動きでしかなく、次第に身体の動きは痙攣に代わり、遂には息絶えた。

 ヤトは先程と同じ愚は犯さず、すぐさまその場から移動。丘の上のアポロン本陣まで後退した。

 彼の戦はここまでだった。



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