第32話 魔剣『貪』



 その日の夜、ゾット平原ではアポロン軍による大宴会が催された。

 ヘスティ軍との戦いは多くの犠牲もあったが、終わってみればアポロンの大勝である。

 ヤトが女巨人と戦っている間、ランスロット率いる軍は呑気に観戦していたヘスティ軍を散々に痛めつけて撤退に追い込んだ。

 さらにそこから足の速い騎馬隊だけを率いて追撃を行い、敵総司令官のゴール将軍の首を挙げた。将軍の首を獲ったのはアルトリウスだった。

 他にも多くの士官の捕虜をとり、現在彼等は縄で繋がれていた。余談だが、その中にはサラ王女の襲撃に関わっていたメンターも入っていた。

 そして後日、ヤトが自分を騙したメンターに気付き、アルトリウスが掴みかかる一幕もあったが、戦に比べれば大した事はない。


 平原ではあちこちで宴会が開かれている。

 ヤトはその中でも司令官ランスロットが主催する士官や騎士ばかりの宴会に招かれた。一傭兵でしかないヤトには場違いのようにも思われるが、砦ではケルベロスを、平原では二体のサイクロプスを倒す大金星を得た英雄でもあった。故に彼が貴族と混じっていても不満に思う輩は誰一人として居なかった。それほどに常識外れの戦果だった。

 栄誉には違いないが、ヤトは些か面倒な付き合いとしか思っていない。元々酒自体そこまで美味いと感じる味覚はしていなかったし、バカ騒ぎも好みではない。

 とはいえ最低限同じ戦場で命を懸けて戦った戦士としての連帯感や仲間意識ぐらいはそれなりに持っているので、場を壊さない程度の気遣いは出来た。

 だから飲み比べのような競争はせず、騒ぐ騎士達を肴に水で薄めたワインをマイペースに飲んでいた。

 ただしこうした宴会でマイペースを貫けるはずもなく、何人もの騎士達がヤトを取り囲んでワインを頭から被せたり、持ち上げて肩車をするような陽気な者も居た。誰も彼もが悪気があってやっているわけではないので怒るに怒れなかった。

 そしていつの間にかヤトはランスロットやアルトリウスの傍で飲むことになり、王子から酒を注がれていた。戦場だから許される無礼講だった。


「で、そろそろ話してもらおうか」


 アルトリウスが酒臭い息を吐いてヤトに迫る。何がとは言わずとも分かる。サイクロプスとの戦いで死の淵から生還した事だ。

 宴会場に居た者は誰もがその疑問を抱き、答えを聞きたがった。ヤトはそれを拒否することなく、鞘から赤剣を抜く。


「この剣に備わった魔法のおかげです」


「ほう、意外だな。魔法の鎧には治癒力のある物もあるが、剣に癒しの力があるとは」


 意外な答えにランスロットが関心を持つ。

 魔法の武具には単純に切れ味の優れた物や耐久性に優れただけでなく様々な効果を宿す品が多い。

 例えば剣や槍の中には火や雷を生み出す品、毒や腐敗をもたらす特殊な性質を持つものがある。

 鎧や盾にも装着者の傷を癒し、毒気から身を守る加護が備わっている品もそれなりにある。あるいは炎や寒さに耐性を持ち、弱き者を守る優れた物も多い。

 ただ、剣に治癒の力を宿す品は極めて珍しい。あるいはどこかの王が持つ宝剣の鞘に癒しの加護が備わっていると噂で聞いた事があるが、剣には皆無と言えた。

 剣とは相手を斬る事、倒す事にある。その性質は癒しは明らかに対極に位置する。わざわざ相反する加護を付与する必要は無い。

 誰もが不思議に思うも、使い手であるヤトは厳密には癒しとは違うと彼等の思い込みを訂正した。


「この剣の銘は『貪』。貪るのは斬った相手の命と魂なんです」


「た、魂だと!?」


「そして喰らった魂を剣に蓄積して力に転化するのがこの剣の性質です。死にかけの僕が蘇生したのも今まで斬った相手の魂を消費して治癒力を極限にまで高めた結果です」


 ヤトの言葉に宴会場は静まり返った。いくら何でも剣呑が過ぎる。まるで神話に登場する悪魔が鍛えたような魔剣に、誰もが血の気が引いてしまう。

 特に以前ヤトに斬られたアルトリウスや、剣を握らせてもらったランスロットは顔面蒼白になり、一気に酔いが醒めてしまった。


「あっ、別に触れたからと言って魂を吸われるわけではないので安心してください。それに斬っただけでは魂は喰われません。ちゃんと殺さないとダメなのは実証済です」


「そ、そうなのか?な、なら安心だ」


 アルトリウスは明らかに安堵した。その様子を見ても誰も彼を臆病と笑いはしない。騎士であれ兵士であれ戦場で死ぬ事は覚悟していても、死んでも魂を囚われ続けた上にヤトの滋養扱いは御免だった。


「参考までに聞くが、あの瀕死の重傷から回復するにはどれぐらいの魂を必要とするんだ?」


「あれぐらいの傷なら、ざっと百名分ぐらいは消費しますね。魂は人じゃなくてもオークやトロルのような亜人でも同じですから補充も容易です」


 相当に変換率が悪いがそれでも死の淵に佇む者を全快する治癒力は魅力的だ。騎士の中にはヤトを羨む者も居るが、だからと言って力づくで奪おうとする者は居ない。実際にそんな邪剣の類を持っていると非常に評判を悪くなるので、あくまで心の中で羨ましいと思う程度だ。騎士は人気と面子と人の目を気にする見栄えの良い職務だった。

 すっかり酔いの醒めたが宴会はまだお開きといかず、さらに酔うために面々は飲むペースを上げて行く。その中にはヤトも含まれており、彼を排除するような事は一切無かった。

 思う所は多々あれど、誰もがヤトを戦友として認めた確かな証拠と言えた。ヤトはそれを拒絶せず、苦笑しながらも受け入れていた。

 そして宴会は深夜まで及び、翌朝大量に二日酔いで苦しむ兵士がそこかしこで見られた。

 だがそれはアポロンが勝利者である純然たる証であった。



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