第4話 盗賊退治




 ヤトを含めた傭兵達が街を出立してから五日が経った。

 予定ならそろそろ盗賊が出没するというメンターの家の領地に入る頃合いだ。

 この五日間、旅は何事もなく順調だった。そう、何もなさ過ぎる。なにせ一度たりとも村や集落に立ち寄っていない。

 一行は主要な街道は利用しても、毎回集落を意図的に避けて野営をしていた。

 メンターの説明では、盗賊達に存在を知られないよう用心のためらしいが、傭兵の中には慎重過ぎると陰で不満を漏らしている。しかし金払いの良い依頼者には誰も逆らわなかった。

 そして領地に入っても変わらず野営をしていると、日没前に一行に近づく馬の蹄の音が聞こえてきた。

 何事かと傭兵達が注目すると、馬から降りた男が真っ先にメンターに近づいて、何か耳打ちして去っていった。


「諸君、良い知らせだっ!件の盗賊だが、ここから西に半日足らずの距離の村に潜伏していると情報が入った!」


 メンターからもたらされた情報に傭兵達がにわかに活気付く。

 彼等も何だかんだ言いながら暴力で飯を食っている人種だ。いざ戦となれば精神が高揚する。


「今から急げば、夜明け前には間に合うだろう。野営は中止、食事戦闘準備諸々は馬車の中で行う!急げ!」


 ヤトおよび傭兵達は命令に従い、鍋の中身を全て捨てて火を消し、荷物も全て纏めて馬車に乗り込んだ。

 戦いは目前に迫っていた。



      □□□□□□□□□□



 夕刻から月明りを頼りに強行軍で移動した傭兵達は馬車に乗っていても疲労していた。しかしその甲斐あって、何とか夜明けの一時間前には盗賊が居るであろう村の手前まで辿り着けた。

 件の村はどこにであるのどかな辺境の村だった。平地には収穫を待つただ広い麦畑。丘にはブドウの木が多数植えられており、ワイン造りが盛んな様子が見て取れる。畑の中心には十数軒の粗末な家屋が集まっている。

 そこは盗賊とは無縁の平和な土地に見えたが、幾つか田舎に相応しくない部分があった。

 遥か遠目にもはっきりと分かるほどに、村の各所で篝火が焚かれている点だ。夜通し祝う収穫祭なら珍しくないが、こんな季節外れの明け方まで村が総出で明かりを絶やさないのは不自然である。

 さらに遠目では見づらいが、何台もの馬車が停まっているように見える。村の規模からすると明らかに多すぎた。確かに普通の村ではないらしい。


 白くなり始めた夜空の下、傭兵達に簡単な食事と眠気覚まし用の強い蒸留酒が振舞われた。腹減っては戦が出来ぬ、という事だろう。

 それともう一つ、傭兵達全員に黒狼の意匠の施された赤い布製の胸当てが支給された。これはメンターの家の紋章を織った物で、乱戦になった場合には、これを見て敵味方の識別を認識する。


「腹は満たせたな。では、作戦を説明する!」


 メンターの言葉に傭兵達は意識を集中する。


 ――――――――――作戦を聞き終えた傭兵組には楽に勝てるだろうという雰囲気が漂っていた。

 何のことは無い。初動さえしくじらなければ良いだけの事。


「断っておくが、出来る限り村人は殺すな。盗賊に協力していても一応領民だ。殺せば税が取れぬ」


「もし武器を持って抵抗してきた場合は?」


「―――多少の見せしめなら許可しよう」


 ヤトの空気を読まない指摘にもメンターは気を悪くせず真面目に答えた。さらに今回略奪は禁止され、女子供への暴力も厳禁と言い渡された。

 それには傭兵達から若干の不満が出たが、その分の後金は弾むと明言されては引き下がるしかなかった。

 そしてメンターの率いる弓兵部隊は麦畑の中を隠れ潜みながら走り、村の反対側を目指す。傭兵達も全員、音を立てずに影となって村へと近づいた。



      □□□□□□□□□□



 夜明けの直前。ヤトは村の反対側から火の手が上がったのを確認した。

 これは最初の手筈通り、別動隊の弓兵が火矢を使って家畜小屋の一つを燃やして注意を逸らすためのものだ。

 しばらくすると村が騒がしくなり、水を求める男達の声が耳に届いた。


「よし、あちらは上手くやったか。俺達はこれから村に突入して怪しい奴を斬る。行くぞっ!!」


 纏め役をしている年配の傭兵の号令に従い、次々と他の傭兵達は駆け足で村へと突っ込んで行った。

 それを最後まで見ていたヤトは足を止めてしばし考えるも、疑問を頭の隅に追いやって後に続いた。

 ヤトが疑問に感じた事。それは火の手が上がってから対処までの時間があまりに短く、かつ火を消す男達の声が極めて統率的だった事だ。単なる盗賊や農民の手際ではない。何か違和感があった。



 夜明けを切り裂く剣戟の音とそこかしこに響く悲鳴。村の中では戦闘が始まっていた。

 ヤトが戦場につく頃には既に何人かの死体が転がっていた。数名の傭兵と身なりの良い服の男が一人。

 傭兵達に囲まれた三名の男達。彼等は違いに背を向け合って死角を消して不意打ちを無効化している。そして絶体絶命の状況にあっても剣を持つ手は微塵も震えていない。

 傭兵の一人が槍を繰り出すも、一人が盾役となって剣で槍をいなし、瞬時に背を守っていた一人が向きを変えて槍を持つ腕を切り落とした。


「ぎゃああああ!!!腕がーーー!!腕がっ!!!」


 集団戦を心得た合理的で流麗な剣閃。それが意味するものをヤトは理解した。

 彼等の剣は傭兵のような戦で磨いた我流剣術ではない。数年にも渡り身体を苛め抜いて鍛えた肉体と一対になった正道の剣術だ。

 さらに本質を捉えるなら、あれ等は己ではなく誰かを護る事に長けた剣。命を捨ててでも貴人を護る誓いを拠り所とする盾だ。

 まかり間違っても奪うだけの盗賊が用いる剣ではない。


「くそっ!!個別ではダメだ!全員で一斉に掛かれ!!」


 一人の号令で残る五人の傭兵は包囲から一斉に攻撃に切り替えたが、稚拙な連携が上手くいくはずもない。

 タイミングの合わない一斉攻撃は三位一体となった相手の敵とならず、個別に対応されて一人、また一人と斬り伏せられた。これで残るは二人。

 ここでヤトは無言で地面に転がっていた、腕の付いたままの槍を手にする。

 そして若い傭兵の一人は仲間が次々と死んでいく光景に恐慌状態に陥り、半狂乱になりながら剣を振り回して相手に突撃した。

 しかしそんな理性の欠片もない暴力が理論化された術に敵うはずもなく、狂剣は簡単に弾き飛ばされ返す刀で胴を切り裂かれた。

 だが、ここで誰もが予想もしない結末が訪れる。

 斬られた傭兵の身体から突如として飛び出た刃が、そのまま切った男の胸に突き刺さった。そして二人の男は重なるように倒れた。傭兵には後ろから槍が刺さっていた。


「なっ!馬鹿な味方ごとだとっ!!」


「お、お前っ!!なんのつもりだ若造!!」


 槍はヤトが投擲したものだった。

 突然の凶行に残った傭兵の一人と、敵の二人は共に狼狽える。戦場で同士討ちや味方ごと撃たれるのは珍しくないが、味方の死体を遮蔽物にして諸共敵を殺す手合いは滅多に居ない。

 罵声を浴びせられたヤトだったが、そんなものに興味が無いとばかりに笑みを浮かべて赤い剣を鞘から抜く。


「これで二対二です。そろそろこの茶番を終わりにしましょうか」


 氷を削り出したような冷たい瞳が三人を射抜く。

 視線に囚われた三人は敵味方関係無しに共通の想いを抱いた。


『こいつは壊れている』


 一応の味方である傭兵は兎も角、敵対する二人を逃す気が無いのは嫌というほど分かった。だから、生き残るために青い瞳の男が覚悟を決めた。


「気狂いの相手は俺がしよう。ダグラスはそっちを片付けてから加勢してくれ」


「――――分かったハインツ。すぐに済ませる」


 ヤトと対峙したハインツは首筋に氷を差し込まれたような悪寒に襲われるが、それを振り払うように剣を構えた。

 先に動いたのはハインツだ。剣を寝かせて一歩踏み込んで小刻みに突きを繰り出す。

 ヤトはそれを後ろに飛びながら回避しつつ、羽織っていた外套を広げながら相手に放った。


「ちっ!小細工を!」


 一瞬だけ視界を遮られたが、さらに一歩踏み込んで外套ごと先に居るであろう狂敵を大きく突いた。はずだった。

 だがそこに居たはずのヤトは消え失せていた。

 ――――――彼は飛翔していた。

 そして空中で回転しながらハインツの後頭部を縦に割った。血と頭蓋骨と脳片が地面にまき散らされた。


 一方、最後の傭兵を斬り伏せたダグラスは同僚の死を目の当たりにして、若干冷静さを欠いていた。彼は後ろを向いたままのヤトに猛然と斬りかかった。

 しゃがんだまま振り向かないヤトだったが、敵の接近には気づいていた。だから冷静にそのままの体勢で懐から取り出した細い短剣を最小限度の動きで投げた。

 短剣は黒塗りで反射光を抑えてあり、夜明け直前の暗がりでは視認し辛い。ダグラスは気付く間もなく剣を喉に受けて倒れた。

 この場に居る生者はヤトだけだった。



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