第10話 主無き王国の門番



 翌朝、硬い石の寝台で目を覚ました三人。各自体調不良が無いのを確認してから味気無いパンを腹に押し込んで今日の探索の準備をする。

 ちなみに持ってきた水と食糧はあと一日分。出来れば今日の夕方までにはもう少し成果を出して街に帰還しなければならない。

 気持ちを整えた三人はさっそく昨日探索しきれなかった大空洞内の部屋の探索を再開した。


 結論から言えば大空洞付近の部屋からは大したものは見つからなかった。精々銀製の杯と金箔仕立ての髪留めが各一つだけ。

 財宝は残念な結果になったが、幸い空洞から別の空間に通じる坑道を幾つか見つけたので、そちらに移動すれば何か見つけられるかもしれない。

 ヤトが地図に情報を記載し終えてから坑道の一つを選んで先を目指した。

 坑道を通る最中カイルは何度か欠伸を噛み殺しながら罠を警戒している。疲れが溜まっているのは分かるが少々気が抜けていると感じたヤトが忠告しようと瞬間―――


『カチッ』


 非常に不吉な音がカイルの足元から聞こえ、彼の頭上を一本の槍が通り過ぎた。白金のような光沢のある細い髪の毛が数本ハラハラと地面に落ちる。

 カイルはその場でへたり込み冷や汗を流してガタガタと震える。

 ヤトは剣を抜いて慎重にカイルの元に寄る。剣を抜いたのはもし同じ類の罠があった場合払い除けるためだ。

 幸い同じ罠は発動せずに済み、近づいて怪我が無いかを確かめてからカイルを叱った。


「気を抜きすぎです。貴方が死ななかったのは単に運が良いからですよ」


「ご、ごめん」


 涙目で謝罪する。ヤトは飛んできた槍と発射口を確かめる。カイルの頭上を通る穴は侵入者用の罠だろうが位置がやけに高い。こうした罠は的の大きくなる胴体部に当たるように設定されるが、この位置では常人の首から上だ。だから小柄なカイルは罠にかかっても生きていられた。

 ヤトは遺跡の主であるドワーフの体格を思い出し、もし誤作動を起こしても種族的特性で小柄な彼等なら罠を避けられると思い至った。同じ矮躯のミニマム族も避けられるが、おそらく罠は主に人間を対象として設置したのだろう。

 ドワーフにとって人間は自分達の作る品を買ってくれる気前の良い客で隣人だ。同時に隣人だからこそ強欲さも知っている。当然備えは怠らない。

 強欲な人間の罠で死ななかった幸運なエルフの少年は震える足を落ち着けて立ち上がり、再び罠を警戒して歩き出す。眠気はすっかり吹き飛び、今度は過敏なほど気を張って一歩一歩足を進めた。



 比較的長い坑道の先は上へ上へと階段状に石造りの大きな建物が並んだ空間だった。建物はざっと三十はあろうか。後ろを振り返れば坑道の入り口には斧を掲げた戦士を模したドワーフ像が両端に飾られていた。


「うわっ!この像全部ミスリルで出来てるよ。これ何とか持って帰れないかな?」


「僕とクシナさんなら何とかなりますが、坑道が狭いから解体しないと運べませんよ」


「そのままの形のほうが価値が上がるからいいけど、これだけ大きいならインゴットでも十分か」


 カイルはベチベチと像を触ってどれぐらいの重量があるのか計算し始める。冗談かと思ったら本気で持って帰ろうとする様にヤトは呆れて建物のほうに注意を向けた。

 建物を観察してある事実に気付いた。一番上の建物はそれ自体が石の煙突だ。そして他の建物から延びる煙突と合流して一つに纏まっていた。長く旅をしているがこれほど巨大な煙突は初めて見る。

 これほど大きな煙突が必要になる建物が調理場や浴場とは考えにくい。それに採掘現場から近い位置から察するに、ここがドワーフの精錬場と鍛冶場なのだ。


「ドワーフの王国の心臓…ですか。これほどの物を放って彼等はどうなってしまったのか」


 人にとって遥かな過去となった王国の死に想いを馳せる。

 物思いは突然の轟音によって遮られた。

 振り返るとカイルがクシナに頭を掴まれて引き摺られている。そして何故か入り口に立っていたドワーフ像の片割れが巨大な斧を振り下ろしていた。さらにもう一体の像も巨体を揺らして歩き出す。おまけに轟音に呼び寄せられるように建物から骸骨が十体は出てきた。

 合流した三人。クシナが対峙する像の説明を求めた。


「あれはゴーレム。侵入者や敵対者を排除するように命令された動く像です」


「壊さないと止まらないのか?」


「持ち主が止めない限りはそうでしょう」


「じゃあ壊すか」


 動いていようが止まっていようが、結局やることは変わらない。

 ヤトとクシナがそれぞれ一体ずつゴーレムと対峙する。カイルは自分がゴーレムと戦うには力不足と分かっていたので骸骨と戦う選択をした。

 ゴーレムと向かい合うとより大きさが鮮明になる。全高はヤトの倍以上、クシナに至っては三倍近い。重量は比較するだけ無駄だ。前に討伐したトロルと大差が無いが、向こうは生身で斬れば血が出て痛がっても、こちらは手足を斬られようが胴体を刺されようが平然と戦い続ける。一応動力源を壊せば機能停止するが、それがどこにあるのかは個体によってそれぞれ異なる。戦闘中に見つけ出すのはほぼ無理だ。となれば手足を斬って物理的に動けなくするしかない。

 勝利条件の定まったヤトは即座にゴーレムの足を斬る。ミスリル剣とミスリル装甲がぶつかり合って弾かれる。同じ材質ゆえに斬れないのは道理だ。

 お返しとばかりにゴーレムが巨大なミスリル斧を振り下ろした。爆音としか言いようのない轟音と共に地面が抉られるが、鈍重な攻撃がヤトに当たる筈が無い。めり込んだ斧の柄を気功を纏った剣で斬られた。

 それでもゴーレムは何事もなかったように岩のような拳を振り上げて叩き付けるつもりだった。


「『風舌』≪おおかぜ≫」


 その前に左足をヤトに斬られてバランスを崩して倒れる。そこから先は単なる解体作業だった。残った手足を順々に斬られて自由を奪われ、動けなくなったところで放置された。並の戦士なら絶望するしかない相手でも、今回はゴーレムのほうが相手が悪かったとしか言いようがない結末だった。

 ヤトと像の一体が曲がりなりにも戦いの形式を成しているのに対して、もう一つの片割れは蹂躙と呼ぶにふさわしい扱いを受けていた。

 クシナはゴーレムが斧を振りかぶった瞬間、一瞬で距離を詰めて飛び蹴りを放つ。小柄な女性の蹴りでゴーレムが吹き飛び仰向けに倒れた。蹴りを受けた胸は見るも無残に抉れる。その上に乗った女を払い除けようと手を振るうも、逆にその腕を殴り飛ばされて肩から千切れた。

 さらに残った腕を掴みもぎ取った。それでも動くゴーレムにクシナはうんざりすると軽く息を吸い込み業火を吐いた。勢いが弱くとも竜の炎は地獄の炎にも勝る。ドワーフの炉で鍛えられたミスリルでも耐えられる道理は無い。ゴーレムは凄まじい熱量によって腹から上が蒸発した。


 人竜の夫婦が命無き巨像を叩き壊した反対側では妖精王の血脈が同じく命無き亡者共を相手に大立ち回りをしている。弓は乱戦に向かないので早々に外して、昨日手に入れた魔法金属の短剣二振りを器用に扱い十体もの骸骨を上手く捌いていた。

 多勢に無勢での戦い方はとにかく動いて的を絞らせない事と同士討ちを誘発する事だ。特に今回のような同士討ちに躊躇いの無い不死者は面白いように互いを攻撃し合って損傷して数を減らす。

 それでも元が痛みも感じない骸骨では致命打にならないので、カイルは地道に短剣で骨を断ち続けてその都度聖水を振って浄化していたが、それも面倒になって短剣に直接聖水を振って斬り始めた。

 幸運にもそれが不死者には極めて有効な手と分かった。聖水付きの魔法剣は即席の加護付きの聖剣となって瞬く間に骸骨達をただの骨に変えた。


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