第12話 キリングドール・ロスタ
水晶をそのまま削り出したような美しくも無機質な瞳がカイルをじっと見つめ、鈴の音のようによく通る濁りの無い声で命令を求めた。
「えっ…マスター?僕の事?」
「はいそうです。ご命令を」
「ええっと、じゃあまずその棺から出て」
とりあえず思いついた事を口にした程度だったが彼女は言われた通り眠っていた棺から出る。ヤトはその挙動に一切の淀みと無駄の無さを読み取る。
棺から出た少女はカイルの顔を見たまま直立不動で微動だにしない。本当に命令だけを実行したのだろう。明らかに生き物と異なる挙動だ。おそらく古代の何者かが作ったゴーレムの類だろう。
「君は一体何なのさ?名前とかあるの?」
「私は貴方に従うものです。私を起こした者で最も相応しい方を主と仰ぎます。そうせよと語り掛けるのです。そして名前はありません、マスターが如何様にもお呼びください」
「えぇーそんなの急に言われても……」
カイルは困ってヤトに助けを求めるが、彼は伴侶のクシナを例に出して好きなように呼べばいいと実質助けなかった。
助けが無いと分かり、仕方が無いので自分の知識と感性を動員して、やがて一つの言葉を捻り出した。
「ロスタ。これから君はロスタだ。僕はマスターじゃなくてカイルでいい」
「承知しましたカイル様。これより貴方にお仕えいたします」
話が纏まったところで他の二人がロスタに名乗り、カイルとの関係を説明した。ロスタはカイルを第一の主人としつつも、仲間の二人も共に傅く対象に認めた。
後でカイルに聞いたが、ロスタという名はエルフの言葉で『眠り』を意味するそうだ。ずっと棺で眠っていた彼女に相応しい名だろう。
「それでロスタさんはどういった事が出来るんですか?」
「炊事、洗濯、掃除、裁縫、子守、会計、夜伽。皆様のお世話は当然として護衛も十二分に果たせます。どのような事もお申し付けくださいませ」
ヤトの質問に薄い胸を張る。日常の家事や雑務は分かるが、戦闘には疑念を抱いてしまう。外見からは今一つ信用に値しないが、ここの面子はどいつもこいつも外見からかけ離れた戦闘力を有しているのもあって、一応彼女の言い分を信じることにした。
実はカイルがロスタの『夜伽』の言葉に一瞬強い反応を示したのをヤトは気付いたが気付かないふりをして黙っていた。武士の情けである。
そしてこの部屋に残っていたもう一つの品の二又の槍をロスタに見せる。同じ部屋に安置されていたのだから何かしら繋がりがあるのかもしれないし、無くとも素手よりは護衛しやすいだろう。
彼女はヤトから受け取った槍をじっと眺めて何かを理解したように頷いた。
「この槍は私を作ったアークマスターが私のために用意した道具だと思います」
「ではこれで護衛の役目を果たしてくださいね」
「承知しましたヤト様」
ロスタは槍を二又の穂先の根元部分から折り畳んで半分ほどの長さにして紐も鞘も無いのに背負った。人造物なので背中に何か引っかける機構でも備わっているのだろうか。
深く考えるのは後にして、戦利品を見つけて今は食料もほぼ無くなったので街に帰る事にした。
倒したゴーレムは運びやすいようにある程度刻んで紐で縛る。二体分のミスリル塊はかなりの量になったが、ここには人型の竜が二人いる。おまけに新しく仲間になったロスタはヤトに準ずる力があり、三等分したミスリルを難なく運べた。
罠を警戒しながらも意気揚々と坑道を歩く様子は一行が紛れもなく勝利者であることを示していた。
ところが事が早々上手く運ぶわけもない。四人が採掘現場まで戻ってきた時、反対側から幾つもの光が見えた。あれは松明とランタンの光だ。
後続の探索者が埋め直した坑道を開けて探索しているのだろう。
カイルはランタンを出して火を灯す。無くても一行は全員暗闇でも見えるが、敵味方の分からない相手にそれを悟らせるのは危険だ。
こちらの光に向こうも気付いた。互いの光を目標に近づき相対距離が短くなり、ついには顔が認識出来る距離で相対する。
五人組の探索者の中で眼帯をした隻眼の男が友好的な笑みを浮かべて話しかけた。
「こいつは驚いたぜ。俺たちが一番乗りかと思ったのによぉ」
「どうも、僕たちは昨日ここを探索してそのまま中で野営していました。ここの採掘場はもう探索し終えたので他の坑道を進んだほうが良いですよ」
ヤトの情報に相手の面々は何故か喜ぶ。通常探索者は先を越されると目ぼしい物を持っていかれて落胆するか相手に悪態を吐くものだ。
たまたま中で顔を合わせただけの二つの集団はこのまま挨拶だけして何事もなくすれ違うかと思われたが、五人組はヤト達を表面上友好的な言葉で押しとどめる。
「まあ待て待て。ここであったのも何かの縁だ。同業者としてお前さんが俺達を助けちゃくれないかい?」
「でしたら先程情報を提供しましたよ。ここで時間を浪費せずに済んだ。その情報は立派な手助けです」
「それはそうだがよぉ、お前さんたちが担いでいる荷物は相当な量だ。少しぐらい俺たちに分けてくれたっていいだろぉ?」
猫撫で声でこちらの戦利品に目を向ける。他の四人もニヤ付いた笑みを浮かべる。
予想していた展開にヤトとカイルがさりげなく警戒心を強める。この連中は遺跡の中で出会った同業者の戦果を横取りする下種共だ。
「それで、ここで情報以上の協力を拒んだら?」
「分からねえのかい?半分残った宝が全部無くなって、そっちの娘っ子二人がどうにかなっちまうだろうよ」
頭目の直接的な脅しに残った四人がゲラゲラと笑い、品の無い声が採掘現場にこだまする。
ここに至ってヤト達全員が敵意を隠そうとしなかったが、向こうはまだ気づいていない。それだけでも相手の力量が見て取れる。こいつらは己を磨く事なく弱者から奪うだけのクズである。要求を呑む理由は無い。
戦っても得る物が何もないと分かったヤトは速攻で全員の首を刎ねるためにミスリル塊をその場に下ろそうとした。
しかしその前に後ろで轟音が響く。先に荷を下ろしていたのはロスタだった。
「カイル様、敵対存在を確認しました。僭越ですが排除してよろしいでしょうか?」
ロスタの言葉にカイルはヤトに視線で同意を求め、ヤトも無言で頷いた。
「遠慮しなくていいよ。危なくなったら僕が加勢するから」
「お言葉ありがたく。ですがこの程度でしたら損害はあり得ません」
自信というより純然たる事実をそのまま口にしたかのような冷淡な言葉を残してクズ共の前に立ったロスタは背中の槍を抜き放つ。槍は折りたたんだ状態から勝手に二又に戻っていた。
男達は武器を構えたのが線の細い少女だったので腹を抱えて笑う。そして眼帯男が遊んでやろうと剣の柄に手を添えた瞬間、腰から上が消えた。その数秒後に消えた体が空から落ちてきた。切断面からは血が勢いよく噴き出し、辺りは血と臓物、それと糞便の臭いが漂い鼻腔を刺激した。
呆ける眼帯の仲間の四人。ロスタは無言で距離を詰めて、槍を横に薙ぎ払う。最初の一人と同様に二人分の肉塊が出来上がった。
ここでようやく我に返った生き残りは恐怖のあまり逃げようとしたがロスタに背を向けた瞬間、二人同時に二又槍の穂先に心臓を貫かれて即死した。
「状況終了。敵対象は排除しました」
「寝坊助のわりにやるものだの」
「お褒めいただきありがとうございますクシナ様」
死体を槍にくし刺しにしたまま朗らかに話す女性二人はシュールな絵面だが、それに突っ込む者はこの場にいない。
死体はこのままにしておくと不死者になってしまうので一か所に集めてクシナが火で魂も焼き尽くした。
「クシナ様は多芸でございますね」
「儂は竜だからの。火を吐くのは当たり前だぞ」
「ではお料理の時には火をお願いします」
「うむ、任せろ」
女性同士が仲良くなるのは良いが何か致命的にズレているような気がするが害はないので男二人は放っておいた。
そして改めて荷物を持って坑道を歩き、何組かの探索者と何事もなくすれ違い出口まで辿り着けた。丸一日以上拝んでいなかった太陽の光が眩しかった。
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