第13話 ミニマム族



「おっ?無事に戻ってきた――――――なんだその荷物は?」


 入り口を守っていた男の一人が大荷物を抱えたヤト達に困惑した。

 彼等は遺跡が見つかってから一時鉱山が閉鎖されて職を失った鉱山夫。今は街の領主に雇われて山の巡回と盗掘の見張りをしている。そんな彼等は馴染みの鉱山から毎日沢山の探索者が持ち帰る山のような成果を飽きるぐらい見ていたが今度の成果は度を越していた。

 どう見ても華奢な女や優男が複数の金属の塊を担いで歩いているのだ。中には身の丈以上の巨大な斧も入っている。あり得ない光景だった。

 見張りの男達の内心など知らないヤトは彼らの仕事の邪魔にならない隅に戦利品を置く。クシナが街に戻らないのか尋ねるとヤトは彼女にある事を頼んだ。


「この像の指を二本ばかり引き千切ってくれませんか?」


「ん、まあ良いが」


 妙な頼み事だったがヤトの頼みを快諾して言われた通りゴーレムの指を二本力任せに引き千切った。周囲に不快でやかましい金属破断音が鳴り響き、見張りの男達や近くにいた探索者達が腰を抜かした。

 引き千切った指を貰い、ヤトは指の一本を剣で四つに切断してから腰を抜かしている見張り四人に一個ずつ手渡す。


「頼み事をしたいんですが、街に行ってそのミスリルの塊を信頼出来る商会の番頭さんに見せてください。そしてもっと量があると伝えてください。手間賃としてもう一本の指はここにいる皆さんに進呈します」


「ミ、ミスリル!?これ全部か!」


「どうでしょうか、頼まれてもらえませんか」


 ヤトは頭を下げて頼む。見張り達はその頭の低さと報酬の大きさに誰も反対意見を言わずに、一目散に街へと走っていく。

 一行は商人達がすっ飛んで来るまで他の探索者達に群がられた。さながら英雄に少しでも近づこうとする群衆のようだった。



 翌日、昼近くまで宿屋でのんびり過ごした一行は街の食堂で早めの昼食に与っている。

 他にいる客は一組。男一人に女三人、全員が子供のように小さいが顔つきは大人のそれ。彼らはミニマム族。成人していても人間よりかなり小さいのが特徴だ。

 一行の席の食堂二階テラスは日当たりがよく、秋の涼しい風と合わさって穴倉の中とは天と地ほどに過ごしやすさが違う。

 何より保存性を突き詰めただけの硬いパンとは対極にあるふんわりとした蜂蜜入りの甘いパンは絶品だ。カイルは既に四つ、クシナは八個も腹に収めていた。

 ヤトは牛肝の団子スープを味わって食べている。癖のある牛の臓物の臭いはふんだんに入れた香草で消えており気にならない。

 昨日から一行に加わった少女型ゴーレムのロスタは椅子に座ってじっとしている。彼女は人造物なので食事を必要としない。本人は三人の給仕をやりたがったが、ここは店で働く店員もいるので迷惑をかけないように座っている。


「それにしても金貨五万枚かー。金額の桁が多すぎて大金持ちになった実感が湧かないよ」


 カイルの何気ない呟きにヤトは気持ちは分かるので苦笑する。

 クシナは貨幣が食べ物に交換出来る事を学んだので多ければ多いほど良いとしか思っていない。暢気と言われたらそうだろうが、竜が細かい事を気にして生きたりはしない。彼女は金貨で思い悩むよりクリームたっぷりのプリンを頬張っている方が似合っている。

 金貨五万枚というのは昨日一行が遺跡から持ち帰ったミスリルゴーレムの残骸を売った代金だ。ミスリル塊はかなりの量があり、仮にミスリルで剣を造った場合、軽く千本は造れるだけの量があった。

 昨日鉱山から出てきた一行は、ミスリル塊を見せられて街から飛んで来た複数の商会、呼んでもいないのに来た別の商会、金の臭いを嗅ぎつけた金貸し、関係の無い野次馬などなど。まるでお祭り会場になった鉱山入り口でヤトは唐突に持ち帰ったミスリル塊の商談を始めた。

 商談と言っても実質は競りに近く一番高値を付けた商人に塊を売るだけだ。

 最初は全ての塊を一纏めで売ろうとしたが開始の値段金貨十万枚に腰が引けた商人は誰も手を挙げなかった。彼等もここで大量のミスリルを手に入れれば、それを元手に数倍は稼げると見込んでいたが、投資に回す現金が圧倒的に不足していた。一応同じ場所に何人もの金貸しはいたが、彼ら全員の全財産を集めても金貨十万枚には届かなかっただろう。よしんば届いても今度は利息分をどれだけ取られるのか分かったものではない。リスクが大き過ぎて手を出せなかった。

 仕方が無いので少しずつ値を下げて買える額まで値を落として行ったが一向に買い手は付かず、時間ばかりが過ぎた頃に街の領主までやって来て事態の収拾を図った。

 領主は揉めるようなら強権的に取引を預かって自ら買い取ると言い張った。それには商人達も不満が顔に出ていたが、さすがに領主に喧嘩を売るわけにはいかなかった。

 ヤト達、正確には商談を纏めたのはカイルだったが、領主との長い交渉の末に半値の五万枚で街の商会全てが金を出し合って共有財産としてミスリル塊を買い取ることで商談が纏まった。

 それでも金貨五万枚は一個人が手にするには額が大きすぎるし、そもそも現金として持ち歩けない。なので領主の立会いの下、街の複数の為替商に小切手を発行してもらった。

 どうにか商談が纏まり一日にして億万長者になったヤト達に夢と希望を持った人々は、とっくに日が傾いて夕刻になっているにもかかわらず、我先にと未だに宝の眠る遺跡へと突撃して行った。

 そんな夢追い人達を尻目に成功者であるヤト達はのんびりと休日を過ごして明日の探索への英気を養っている。普通の人間なら大金を手に入れた事で金銭感覚が壊れて意味の無い浪費に走るか、引退して働かずに楽隠居でも決め込む。ヤトとカイルがそうしないのは他に目的があるからだ。金では果たせない目的が。


「これだけお金があったらさ、エンシェントエルフの情報手に入らないかなー」


「ガセネタが多すぎてお金の無駄だと思いますよ」


「あーあ、誰かエルフの知り合いが街にいないかなー」


「エルフなら知ってるよ」


 二人の視線が隣のテーブルに注がれる。先程の発言者は木の実の入ったケーキを手に持ったミニマム族の男だった。人間で言えば年のころは三十を過ぎたぐらい。髭は生やさず、茶色のくせ毛。ミニマム族はふくよかな顔立ちが多いが、彼の顔立ちは鋭いのが特徴だ。美形と言って差し支えない。


「横からごめんね。エンシェントエルフの話が聞こえたから思わず口が出ちゃって」


「気にしてないよ。それより貴方はエルフの事を知ってるの?」


「君が欲しがってる情報かは分からないけど、僕達の知り合いにエンシェントエルフがいるんだ」


 小男の言葉にカイルが色めき立つ。地道に手がかりを探そうと思っていた矢先に情報が足元に転がっていたのだ。恐ろしい偶然だ。


「それで、その情報に支払う対価は如何ほどですか?一応金貨五万枚までなら出せますが」


 ヤトは懐から紙の束を出して、ミニマム族の男のテーブルに乗せる。紙の束は昨日為替商に発行してもらった小切手だ。使いやすいように一枚で金貨千枚と取り換えてもらえる。

 連れの女性達は金貨五万枚と同価値の五十枚の小切手を前に動揺してお茶やケーキを喉に詰まらせたり軽い悲鳴を上げる。


「いやあ、そんな大金はいらないよ。そうだね、僕達の料理の代金を肩代わりしてくれたら話してもいいよ」


 随分と安い対価だったが内容を聞いてみない事には真偽は図れないので、とりあえず男の話を聞いてみることにした。



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