第14話 在りし日の冒険



 詳しく話を聞くために店員に頼んでそれぞれのテーブルを引っ付けてもらった。ついでにミニマム族達は料理のお代わりを頼むが頼み方に遠慮の二文字が無く、店で作っているケーキ全種類を頼んでいた。約束通りヤト達の奢りで。

 ただの昼食は都合八人によるちょっとしたパーティーに様変わりした。

 料理が次々と追加される中、八人は互いに自己紹介をする。

 四人のミニマム族の中で唯一の男はフロイドと名乗った。

 三人の中で一番ふくよかな女性がサミー。一番小柄で目のクリクリした年少の女性がメリー。背が高く、茶髪の巻き毛の女性がペレグリーだ。

 フロイドとの関係は、サミーが彼の家の使用人、メリーとペレグリーが縁戚と説明した。彼等は基本的に故郷の村でのんびり畑を耕しているが、時々冒険の虫が騒いだ時に旅をしているらしい。

 彼等もヤト達と同様この街の遺跡探索を目的に滞在している。


「それでなんで君は同族のエルフに会いたいの?」


 フロイドの質問にカイルは自分の身の上を素直に答えた。巻き毛のペレグリーはカイルに憐れみを感じて励ます。メリーとサミーもそれに続いた。


「じゃあ悪企みしてるわけじゃないから話してもいいか」


「僕達が言うのもなんですが、そんな簡単に信用していいんですか?例えば僕らがエルフの集落を襲って住民を奴隷にして売るとか考えてるかもしれないのに」


「ははは。本当に悪いことするつもりだったらそんな例えは出さないよ。仮にそうでもあの村のエルフを何とか出来ると思えないし」


「と言うと?」


「あそこのエルフは滅茶苦茶強いんだよ。特に老人の世代は古竜と戦ったり、御伽噺に出てくる魔人族とか悪精霊と戦った事もあるとか」


 フロイドの話にヤト、カイル、そして何故かロスタがなにがしかの興味を持つ。クシナは最初から三種のベリーケーキに夢中で話を聞いていない。

 古竜はそのままの通りだろう。そして魔人族と悪精霊はフロイドの言う通り神話の御伽噺として語り継がれるだけの存在となっていた。

 御伽噺をそのまま信じるなら、そうした神話は最低でも千年は昔の出来事である。にもかかわらずその神話を体験した当事者が未だ生きているとなれば、フロイドの言うエルフは普通のエルフではない。可能性があるとすればカイルと同様に神代の妖精王の血筋たるエンシェントエルフ。その村のエルフと知り合いのミニマム族というのは大変珍しい。

 カイルは話を聞いて期待に胸が高鳴る。もしかしたら探していた家族と故郷かもしれないのだ。もちろん違う可能性だってあるし、育ててくれた義母のロザリーの事は大切に思っているが、それでも心のどこかで本当の血族と会いたい気持ちはずっと持っていた。

 ヤトもまた期待感から喜色が顔に浮き出ている。なにせ神話の時代の人知を超えた存在が未だに生き続けているのだ。以前ワイアルド湖で戦った幻獣ケルベロスやサイクロプスのような巨人とは格が違う。これはカイルの事を抜きにしても是非とも会いに行かねばなるまい。

 そしてロスタは二人と違って胸に手を当てて何かを思い詰めているような、あるいは古い記憶を思い出しているような重い表情をしている。日のあたる場所では角度によって異なる七色の色彩を放つ水晶の目が彼女の困惑を映し出していた。


「ロスタさんはどうしたんです?」


 サミーがロスタを気遣うも、当のロスタは戸惑いからしばらく反応も無い。それから十秒近く経って彼女はようやく口を開いた。


「フロイド様のお話の中の魔人族という言葉を聞いた瞬間、私の中からよく分からない記録が洪水のように押し寄せてきました。そしてその記録を話そうとしても口が動かず、今は思い出そうにも思い出せません」


 ロスタは申し訳なさそうに頭を下げた。彼女のような自律式ゴーレムは例外無く主人に対して嘘や誤魔化しが出来ないように作られているので彼女の言葉は本当だろう。

 となると魔人族に対して何かしらの役割を持たされて造られた可能性がある。彼女を造った者がいれば真相を聞けただろうが、残念ながら当人に会える機会はエルフでもない限り無いだろう。

 俯くロスタにベリーケーキで口を紫に染めたクシナが何でもないように言葉を投げる。


「なら魔人族とやらと会えばもっと分かるのではないのか?今あれこれ考えても答えは出んだろう。それより美味い物でも…汝は食えんのだったな。なにかこう、欲しい物とかないのか?」


「欲しい物ですか?……もしよろしければ、お召し物を頂きたいのですが」


 その場の勢いで言った言葉だったが、意外にもロスタは自分から服が欲しいと口にする。それならばミニマム族の女性陣が午後から一緒に買い物をしようと提案する。当然クシナもだ。

 サミー達からすればクシナもロスタも飾り気が碌に無い野暮ったい服を着ているのが惜しくてたまらない。探索者として動きやすい服装というのは分かるが、せめて休日ぐらいオシャレをしても罰は当たらない。

 クシナは以前田舎の村の女衆に着せ替えのオモチャにされたのを思い出して嫌がったが、これまでの旅と探索であちこち服が破れて補修では追いつかなかったのもあり、ヤトの頼みで本当に渋々だが服を買いに行くのを了承した。

 ミニマム族の女性陣はすぐさま行動に出た。お代わりのケーキを食べるだけ食べて、クシナとロスタの手を引っ張って街に出かけてしまった。二人は抵抗も容易かったが、その場の空気に流されるままに連れていかれてしまった。

 残された男達は本題に戻り、フロイドからエルフの村の場所を教えてもらった。


「ここから西に馬で五日ぐらい行くと、山と山が途切れて間に川が流れてる場所が見える。その川を上に上に遡るとやがて谷になり、さらに奥に進むと人を寄せ付けない森がある。そこが古いエルフの住む場所なんだ」


 この国の地図に大体の場所を記載してもらったが、他言無用と警告を受けた上に地図は用が終わったら焼いて捨てるように言われた。フロイド達もエルフから同じ事を言われたからだ。

 神代のエルフは既に外界への関心を失っており、積極的に外と関わるのを避けている。カイルの事があるので無碍にはされないだろうが諸手を挙げた歓迎も無いだろう。

 ではなぜフロイドはそんなエルフたちと親交があるのか。


「昔旅をした時に彼等にお世話になったんだ。それにあの村には仲間のエルフがいるからさ」


 フロイドは昔を懐かしむように西に遠い目を向ける。そして彼はケーキを食べながら昔語りを始める。それは素晴らしい冒険譚だった。

 ミニマム族、エルフ族、ドワーフ族、それに人の騎士。種族も生まれた場所も違う男達が数奇な巡り合わせで集い、心躍らせる冒険の物語。

 時にトロルと戦い、オークの群れ相手に大立ち回り。日の差さぬ暗闇の森を通り抜けたと思えば豪快に川下り。その末に滝に落ちたオチまで含めれば拍手喝采だ。

 洞窟ではあわやドラゴンに見つかって黒焦げにされかけたが、知恵を絞ってどうにかやり過ごして命を拾う。残念ながら竜の財宝は何も持ち帰れなかったが、冒険で得たかけがえのない仲間との絆は金銀財宝より遥かに価値のある宝だと楽し気に語ってくれた。

 その返礼にヤトとカイルは先日まで居たアポロンでの出来事をフロイドに話した。実際にはヤトは自分語りは好まないので主にカイルが一緒に過ごした数か月を語る。

 王女や怪我人の騎士を連れての逃避行。奴隷市の襲撃。隣国ヘスティとの戦争。それにクシナとの出会い。ここだけはフロイドへの誠意としてヤトがほぼ全てを語った。

 フロイドはクシナが古竜だった事実に大層驚き、さらにヤトが一騎打ちで腕を斬ったのに言葉を失う。あまつさえ殺し合いの末に愛が芽生えたのは、ただただ笑うしかなかった。


「僕も結構な冒険をしてると思ったけど、君達はその若さでとんでもない日々を送ってるね」


「否定はしませんよ。ところで貴方も竜と対峙したのなら、竜を斬れる剣を御存じありませんか?」


「うーん、僕は忍だからそこまで詳しくないけど、多分古竜と戦った老エルフなら何振りか持ってるはず。譲ってもらえなくても新しく造ってもらったら?神代のエルフはドワーフに負けないぐらい鍛冶が得意なんだ」


 言われてみればそうだ。無いなら造ってもらえばいい。仲間の故郷探しが自分の目的に重なれば手間も省けるというもの。

 一応まだこの街の遺跡に目的の剣が無いと決まったわけではないのでもう少し探索は続けるが、明確な目的地が出来たのは良い事だ。

 男達は女衆が戻ってくるまで冒険譚に花を咲かせた。


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