第34話 仲間と旅立つ
戦の論功行賞から五日が過ぎた。
その間ヤトは旅の支度に追われていた。行先は勿論古竜の住まうと言われている『禁断の地』である。
目的地は王都から西に歩いて十日ほどかかる。その道中には農村が幾つもあるが、やはり物資を揃えるには都の方が都合が良いので、あちこち巡って買い揃えた。
費用は全て傭兵の給料だ。いくら戦いにしか興味の無いヤトでも物資調達用の路銀ぐらいは確保している。
幸いアポロンは傭兵に対して金払いを渋る事は無かったので問題無かった。もしアポロンの財務担当が金を渋ったとしてもヤトはさして怒りはしないが、彼等からすれば巨人を殺すような傭兵の恨みを買ったら、次の日の夜明けを見れないと勝手に思って相場よりかなり上乗せした金額を払った。おかげで予算にはかなり余裕があった。
そして旅立ちの日。夜明け前に準備を整えたヤトは長く過ごした城の客間を引き払った。同室のカイルは昨日から姿が見えなかった。せめて別れの挨拶ぐらいはしておきたかったが、居ないのでは仕方がない。
アルトリウス達騎士や王女姉妹とは先日別れを済ませており見送りは無い。
城の厩で街で買った馬を受け取り、裏門から出た所で声をかけられた。ランスロットだった。
「英雄の旅立ちにしては寂しいな」
「僕は英雄ではありませんよランスロットさん」
「では私にとっての恩人と言っておこう。お前が居なければヘスティとの戦はもっと被害が多かっただろう」
「それが恩になるんですか?」
ヤトはあくまで傭兵としてアポロン側で戦ったにすぎない。そして本心では単に強い相手と戦いたかっただけで、ランスロットのために戦ったわけではない。だから恩人でもなければ、彼が恩を感じる理由も必要性も全く無い。
しかしそれでもランスロットは感謝を述べた。
「勿論だ。一人の騎士として、司令官として大きな功績を得た。これは血筋も地位も関係無い。私自身の功績と名誉だ」
「それが貴方が一番欲しかった物だと?」
「お前が強さの証明を欲するように、私にも必要なのさ」
ランスロットはヤトにこれからの事を話し始めた。
彼の話を大雑把に纏めると、来年には国内の大領主の家に婿入りする予定であり、騎士団長が一度も実戦経験が無いのは笑い物の種でしかない。新たな家で肩身が狭くなるのはゴメンであり、どうしても戦で功績を立てたかった。これが彼の言い分だ。
「男として妻となる女や、いずれ生まれてくる息子に自慢話の一つもしたい。分かるだろう?」
「うーん、分かるような分からないような。ですが、願いが叶って良かったと思いますよ」
「ふふ、まあ私が感謝しているとだけ理解していればいい」
ヤトには己の武勇を他者に聞かせるような趣味は持ち合わせていないが、人に迷惑をかけない程度に偉ぶれば良いと思っている。それで当人は幸せなのだ。自分がケチをつける理由は無い。
ただ、一つだけランスロットに尋ねたい事があった。
「サラさんの慰問の情報はどこから流れたんでしょうか?」
「さてね、ダイアラスは白だったが、他にも戦争になって利益を得たい者は多いからな」
「貴方も利はあったようですが、流石に妹を危険に晒してでも戦争は望みませんよね?」
「…勿論だ」
ヤトの言葉をランスロットは若干の不快感を臭わせて否定した。会話はそれっきり打ち切られ、英雄と称賛された傭兵は城を去った。
残された王子は一人、悪寒を忘れようと首を擦った。
夜が明けると都の門は一斉に開かれる。
ヤトはその内の一つ、西の門の手前で、見知った顔を見かけた。向こうもヤトに気付いて手を振って近づいた。
「遅いよアニキ。意外とゆっくりだったね」
「どうしたんですかカイル?」
「アニキを待ってたの。僕も旅に出るからさ」
疑問符を浮かべるヤトに、旅装束に身を包んで馬を曳いたカイルは何を当たり前の事を聞くのだと言った。
「母さんに言われた仕事は終わったからね。後はあちこちブラブラしながら修行しようと思って。でも一人は味気無いからアニキに付いて行くの」
「ついて来るのは構いませんが、死んでも文句言わないでくださいね」
「それドラゴンと戦うつもりのアニキが言うセリフ?」
「僕は相手が誰であれ勝って、これからも戦うつもりですよ」
カイルは自分が負けるとは微塵も思っていない狂った剣鬼に呆れた。だが、だからこそこの青年がどこまでやれるのかを見届けたいと思った。幸いエルフの自分は極めて長い寿命を持っている。少しぐらい寄り道した所でどうという事はない。ついでに旅をして探し物を見つければ構わない。
違いに納得して再び旅の仲間になった二人は西門をくぐり、王都に背を向けた。
例えヤトが竜と戦い生き残ったとしても、もう一度この都に来る事は暫く無い。それなりに親交を築いた者は居るが、会えないのを寂しいと感じる事は無い。どこまでも彼は戦う事を望む剣鬼でしかないのだ。
反対にカイルは時々振り向いては、段々と小さくなっていく都を名残惜しそうに見ていた。
「――――寂しいですか?」
「うん、でもまた来れるから。たまに手紙も書くからって約束したし」
「モニカさんと?」
付け耳の王女の名を聞くと、カイルは少し顔を赤くする。その反応が言葉よりも雄弁に彼の心を語っていた。
ヤトは少年の青春を茶化すような悪癖は持ち合わせていないが、それでも親しい異性を放って旅をする理由が気になった。以前カイルは母親のロザリーから盗賊の修行をして来いと育った街を出されたが、修行をするなら王都でも十分ではないのか。そう疑問を口にする。
「修行もあるけど、僕の生まれた場所を探してるんだ」
カイルの言葉に納得した。彼は幼い頃に商品として奴隷商に拉致され、盗賊ギルドに救出されて育てられた。己のルーツを探すために旅をするのは納得出来る理由だ。
しかしカイルのようなエンシェントエルフは人前に滅多に出る事は無い。以前戦ったサイクロプスよりも所在を知るのは至難だろう。
「いっそ古竜に聞いてみます?彼等も長生きだそうです。情報を持ってるかもしれませんよ」
「僕の親戚一同、竜に食べられてないといいけど」
あまり冗談に聞こえない冗談に二人は小さく笑い合った。
旅の仲間は馬上で他愛も無い話をしながら西へ行く。
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