第28話 寡兵の軍略
ヤトはケルベロスが完全に息絶えたのを確認した。そして気を抜かずに周囲を警戒する。
今の所、敵兵は居ない。そして流れ矢なども振ってこないので一息吐いて、火事になっている建物の消火作業を始める。
耳をすませば、まだまだ兵士達の戦う音がそこかしこで響いていた。砦全体に響く戦いの旋律に耳を傾け、久しぶりの激闘の熱を冷ます。
そして一時間ほど建物を壊して延焼を防ぎつつ、戦闘がほぼ終息したのを見計らってヤトは正門まで引き返した。
正門では捕虜となった百名程のヘスティ兵が武装解除されて縄で縛られていた。他に怪我をしたアポロン兵が仲間から手当てを受けている。
「あっアニキー!どこ行ってたのさ?」
「ええ、ちょっと広場の方で犬と戦ってたんですよ」
「犬?」
手を振って駆け寄るカイルに、ケルベロスとの戦いを一言で伝えたが、言葉を端折り過ぎて上手く伝わっていない。
カイルの方も犬とだけ聞いて、沢山の猟犬を相手に戦っていたのだろうと勝手に解釈して納得した。間違っても地獄の番犬と恐れられる幻獣ケルベロスとは思っていない。幾らヤトが非常識でも、幻獣を犬扱いは無いと想像力の外に置いている。
他の傭兵や兵士も怪訝な顔をする。そして広場の犬と聞いて一番反応したのは捕虜の中に居た指揮官のバーグだった。
彼こそが砦にケルベロスを持ち込み、解き放った張本人だった。しかし切り札として解き放ったにも拘らず、一向に戦果を上げず音沙汰無しで、何ら戦況に影響を与えなかった。結果、早々に兵士は降伏。自身も捕らえられてしまった。
「そこの黒髪の傭兵。貴様ケルベロスと戦ったのか?」
「ええ。初めて戦いましたが、なかなか強かったです」
「えっ、アニキの言ってる犬ってケルベロスの事だったの?もしかして一人で倒した?」
ヤトは頷いた。カイルをはじめとした騎士や、アポロン、ヘスティ両軍の兵士が驚愕する。
ケルベロスと言えば並の兵士百人が束になっても勝てない凶暴な幻獣だ。それをたった一人で殺すなど、幾ら一流の戦士でも無茶である。しかしヤトが嘘をついているようには見えず、アポロン側は彼の強さをこの数日間で嫌というほど知っているので、半信半疑ながら納得しかけた。
そしてバーグは切り札と思っていたケルベロスがたった一人の傭兵に倒されてしまったのを知り、いかに自分が指揮官として浅はかな考えで兵を率いていたのか理解してしまい、後悔の念に囚われてしまう。
指揮官の心が完全に折れてしまったヘスティ軍は反抗心を失い、従順な捕虜としてアポロンの本軍が来るまで大人しくしていた。
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―――――――三日後。
ようやくアポロン軍が兵士三千を編成して砦に駆け付けた。既に早馬を飛ばして近状報告を受け取った、総司令官の騎士団長ランスロットが先遣隊指揮官のモードレッドと熱い抱擁を交わした。
本来なら先遣隊は砦を落とす必要などない。あくまで本軍が駆け付けるまでの足止め程度で良かった。にもかかわらず半数以下の兵力で砦を落として攻城戦に使う時間と兵力を温存出来たのは、極めて有意義な戦果と言える。司令官のランスロットにしてみれば感謝しか無い。
諸侯らの中にはせっかくの手柄を独り占めされたように感じる者もいるが、多くは本番の戦いはこれからと思っており、前哨戦で兵力を削らずに済んだ事の方が有難いと考える貴族が多い。よって先遣隊は大きな賞賛と軽い嫌味が混在した言葉を受けていた。
そしてそれなりに被害を受けた先遣隊はランスロットから、この砦で傷を癒しつつ守備を命じられた。勿論傭兵や兵士には十分な恩賞を約束して。砦一つを落とした手柄は決して小さくない。
しかしまだ戦い足りない者も少しばかり居る。ヤトもその一人だった。よって知己のランスロットに頼んで本軍に加えてもらうように頼んだ。
一人でも強者は多い方がいいランスロットは申し出を快く引き受けた。なおカイルは砦で留守番を選んだ。
本軍の出立は明日となる。
翌日、捕虜になったバーグを尋問してヘスティ本軍の進軍ルートを知ったアポロン軍三千は砦を出て東へ進軍した。
本来なら砦に籠って防衛戦に備える手もあるが、それよりランスロットは勢いのまま野戦を仕掛けてケリを着けるのを選んだ。
幸い予定では、あと二日で四千のヘスティ兵が砦に到着するらしい。つまりこのままアポロンが進めば、明日には両軍があいまみえる事になる。それを知らないヘスティを強襲して大痛撃を喰らわせるための出撃だ。当然、斥候として割増の報酬が欲しい盗賊が先行して情報を集めている。
普通は数で劣る以上、砦に籠って持久戦を選ぶだろうが、ここで攻勢を選ぶランスロットの肝は中々据わっている。あるいは指揮官としての栄誉と戦功が余程欲しいのだろうか。
本人の腹の内は分からないままだったが、指揮系統の問題から総司令官に従う他無く、多少の不安はあっても離脱する者は皆無だった。
そしてアポロン軍は数度の小休憩を挟みながら順調に行軍を続け、いつの間にか昼を大きく過ぎていた。
しかし不意に軍の先頭が立ち止まる。兵士達は休憩かと思ったが外れだった。
東から馬に乗った斥候が戻り、ランスロットに近づいて報告した。斥候からの情報を得た彼は自信に満ちた顔つきのまま白い愛馬を駆って、周辺で最も大きな岩の上に昇り、剣を抜いた。白銀の魔法剣は太陽の光を跳ね返し兵士の目が眩む。
「栄光ある兵士並びに騎士達よ。恥知らずのヘスティ軍の所在が判明した!奴らは今も呑気にアポロンの領地を我が物顔で歩いているが、誠に許し難い。まるでもう勝ったつもりではないか!諸君らは奴らを許していいのか!!」
「いいわけがない!!ここは俺達の土地だ!!ヘスティなんかお呼びじゃねえ!!」
「よく言った!それでこそ勇気あるアポロンの男だ!!」
ワイアルド出身の兵士が呼びかけに応え、ランスロットもまた彼の魂の叫びを称賛した。これに同調した周囲の兵士の咆哮が次第に全軍へと伝播し、比例するように軍の士気は高まる。
「確かに我々は数で劣る!しかし、ヘスティ軍はあの恥知らずのゴールが率いている!あの男は権力欲のために自らの孫すら贄に捧げた!!そんな私利私欲の畜生に率いられる兵など物の数ではない!きっと兵士も恥ずかしさで戦うどころではないはずだ!我々の勝利は揺るがない!!」
「「「おおおおおおーーーーー」」」
「行くぞ諸君!!栄光はすぐそばに来ているぞっ!!」
耳触りの良いランスロットの演説に浮かされた兵士達は我先にと街道を駆けて行った。流石王族。数で劣る不安を見事に解消しつつ、逆に士気を劇的に高めた。人を上手く乗せる術を心得ている。
アポロン軍は行軍速度を上げ、予定より早く野営地に着き、明日の決戦に備えて早々に休息に入った。
敵ヘスティ軍は丘を超えた先のゾット平原まで迫っていた。
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