第6話 誓約



 今日はこれ以上戦う気が起きなかったヤトは、殺しかけたアルトリウスに肩を貸して村の中心部へと移動した。

 村の中心の井戸を囲うように村人が不安そうに三人を見つめていた。


「あ、あのどうなりましたか?」


 髭を蓄えた老人が遠慮がちにアルトリウスに尋ねた。


「―――危機は去ったとだけ言っておく。そちらは?」


「へえ、家畜小屋が一棟焼けただけです。人には怪我もありません」


「それは良かった。あと出来れば遺体を埋める墓穴を十二~三人分ほど掘っておいてくれないか」


「じゅ、じゅう?わ、分かりました」


 こんな辺境の農村で一度に十人以上の墓穴を掘る機会など無いので困惑する老人だったが、言われるままに村の若者を率いて墓地へと向かった。

 そしてヤト達は怪我をしていたアルトリウスの事もあるので、落ち着ける場所を村人に借りた。

 村人から借りた一軒家でベッドにアルトリウスを寝かせた。サラは念のために僅かに残った傷を水で洗って薬を塗った。

 包帯を巻いた後、アルトリウスは重い口を開いた。


「申し遅れたが私はアルトリウス=カストゥス。アポロン王国の騎士だ」


「これはご丁寧に。僕はヤト。今はヘスティ王国で傭兵をしています」


「その胸当て……ヘスティのデミトリ家の紋章だな。雇い主はデミトリ家か」


「さあ?そうとは限りませんよ。僕も領地に出る盗賊がこの村に潜伏しているから退治して来いと言われただけですが、盗賊は居ませんでした」


「なに?そもそもここはアポロン国だぞ。ヘスティではない。貴様はサラ様を狙ったのではないのか?」


「それを知っていた可能性のある指揮官は逃げてしまいましたよ」


 アルトリウスからすれば狙われたのはサラ以外に考えられなかった。しかし襲撃者のヤトの口から全く違う事実を突き付けられて考え込んでしまう。甲斐甲斐しく彼の世話をしていたサラも同様だった。そもそもサラを何者なのか知らないヤトでは真相に辿り着けない。


「この方はアポロン王の五番目のご息女、サラ王女だ。今はこの村を含めてアポロンの各地を慰問して回っている」


「ああ、だからそれを狙って暗殺者を放ったと思われてたんですね」


 亜人の血を引く者が王族を名乗るのは珍しい。ヤトの生国を含む東部は亜人差別はほぼ無いに等しいが、現在地の西部では人間の亜人種の扱いは悪い。

 ヤトはサラの容姿からおそらく人狼族の血が入っていると予想した。

 人狼族は文字通り狼の特徴を備えた人型の亜人だ。比較的温厚で知性も高いが狩猟種族であり、集団を率いて各地を放浪する。人間とは交易もすれば諍いもある。良くも悪くも人にとっては隣人だ。

 そして亜人の中では人と混血になりやすい。彼女が直接なのか数代前に人狼族が居たのかは知らないが、王族というのを除けばよくある事である。


「それにサラ様は稀少な癒しの魔法を宿しておられる。―――狙われやすいのだよ」


 この世界に魔法は数多くある。

 精霊に助けを求めるエルフの精霊魔法。武具に特殊能力を付与するドワーフの付与魔法。身体能力を向上する獣人の強化魔法。神の力を借り受ける人間の神託魔法などだ。

 それら魔法は誰もが扱えるものではなく、魔法に長けたエルフでも五人に一人、人間なら百人に一人しか扱えない。適正があり、望んだところで才能が無ければ一生扱えないのだ。

 さらに言えば治癒魔法は扱える者の少ない神託魔法である。判断基準は分からないが、慈愛の神に認められなければどれほど望んでも使えない。噂では一万人に一人居るか居ないかだ。ヤトも実際に見たのは今日が初めてだった。


「私なんて分不相応な地位にいるただの娘なのに。そんな私を護って死ぬなんて悲しすぎます」


 ヤトは今にも泣き出しそうなサラをじっと観察する。西では冷遇される亜人の血脈にして王の血を引き、希少な癒しの魔法を扱う姫。各地の慰問を苦にしない、民草と親しくする善良な気質。政治に関わる者からすればさぞ扱い難い存在だろう。

 ただ、それは同じアポロン王国の者にとってだ。今回の襲撃は隣国のヘスティ王国が関わっている。何故なのか。一体あのロングやメンターに何の利があるのか。

 誰も答えは導き出せなかった。


「――――まあいい。なんにせよ、これは一刻も早く王都へ帰還して全てを報告せねば」


「それが賢明ですね。面倒事は偉い人に任せましょう」


「で、貴様はどうする気だ?出来れば縄に繋いで王都に連れていきたいが、残念ながら敗者の私には無理だ」


 アルトリウスにとってヤトは騙されたとはいえ同僚を何人も殺した憎むべき敵である。可能ならばこの手で首を刎ねてやるか、生かしたまま連れて帰って尋問したかったが、敗者である己にそれは無理だ。

 悔しさで拳を握りしめるが、サラはそんな男の手を優しく解きほぐした。

 そしてヤトは男女の雰囲気などどうでもよさそうに話を切り出す。


「提案ですけど、僕をこのまま雇いませんか?強さはご存じのはず」


「あ?貴様何を言っている?」


「そんなにおかしな提案はしていませんよ」


 急に胡乱な事を申し出たヤトに対してアルトリウスの対応は冷淡そのもの。しかし今回は正しい反応である。世界のどこに護るべき主君を襲った襲撃者を雇う奴がいるのだ。

 断固拒否する姿勢を見せるアルトリウスだったが、ヤトは大して気にせずに一から順を追って説明し始めた。

 第一にヤトは盗賊退治と偽ったのは依頼者だが、隣国の王族を襲って護衛を何人か殺している。その真相を知っているヤトをそのままにしておくはずがない。ヘスティに帰れば必ず消しにかかる。

 ヤトからすれば暗殺者など大した脅威ではないが、延々と刺客を送られ続けるのは面倒だし、わざわざロングやメンターを殺しに行くのも手間だ。ならばいっそ隣国のアポロンに居た方が面倒が少ない。

 そしてこの二人のツテがあれば王宮でもある程度自由行動が約束される。そうなれば護衛の騎士や兵士と接する機会も多いだろう。さすがに殺し合いは難しいが、模擬戦ぐらいなら可能だ。そんなおいしい機会を逃す気はない。

 次に王族が襲われた以上、アポロンは黙っていないしヘスティも素直に譲歩する気は無い。おそらく両国の感情は荒れる。戦争にまで発展する可能性だってある。その時に傭兵ギルドから除名処分を受けているヤトは戦いに加われない。せっかくの華やかな舞台に立てないのはご馳走をお預けにされたようで面白くない。

 だからいっそサラやアルトリウスに雇ってもらえば戦場で戦える。


「ふん、随分と都合がいい話だ。そこまで戦いたいのか貴様は」


「ええ。僕は強い相手と戦えるなら旗の色なんて気にしません。それに上手くいけば仲間を殺した僕をヘスティと共倒れさせる事だって出来るかもしれませんよ。貴方にも利はあります」


 そう言われるとアルトリウスの心の天秤が僅かに傾いてしまう。

 同僚を殺したヤトに復讐したい気持ちはあるが、騎士は個人的感情で動くのを良しとしない。非常に不愉快な仮定だが、もしサラを傷つけていたなら絶対に赦しはしなかったが、彼女を傷つける気が一切無いのが己を冷静にさせていた。

 ――――だからこそ、自分の手を汚さずに葬れる可能性があると思うと、提案に受け入れても構わないと思えてしまう。非常に嫌らしい悪魔の囁きのような話だった。

 しかしそこで正直に頷くほどアルトリウスは正直な男ではなかった。


「貴様の提案に利があるのは分かった。しかし私は一騎士にしかすぎん。そんな私が姫様を襲った者を赦す権利は無い」


「なら襲われた当人の王女様は僕を赦してくれますか?」


「おい!」


 ヤトはサラに首を垂れた。

 軽く突っぱねて反応を見ようとしたのが裏目に出た。

 サラが慈愛と情に満ちた少女なのはこれまでのやりとりを見ていれば容易く読み取れる。そこに付け入るような形で赦しを得てしまえばアルトリウスも表立って拒否は出来ない。

 腹の中で何を考えているのかは当人しか分からないが、形式上でも頭を下げた相手を赦さないのは器量が問われる。

 そして全責任を委ねられた少女は、ただ一言『赦す』と口にした。その上で、『ですが』と言葉を繋ぐ。


「今後、この国に居る間はみだりに命を奪うのは許しません。分かりました?」


「ええ、いいですよ」


 毅然とした態度で命じる姿はまぎれもなく貴人の高潔さに溢れていた。

 そしてヤトもその場凌ぎの契約を取り交わしたつもりはない。可能な限り誓いは護るつもりだった。

 それが何となく分かってしまったアルトリウスは正直面白くなかったので、つい本音が出てしまった。


「――――意外だな。貴様のような男は何よりも相手の命を奪う事を生き甲斐にしていると思ったが」


「僕は相手を殺したいと思った事は殆ど無いですよ。まあ邪魔と思ったらその限りではありませんけど」


「とてもそうは思えんがな」


「僕は、僕が強いと確証が得られればそれで良いんです。だから僕が強いと分かったからアルトリウスさんはまだ生きているんですよ」


 つまり他人の生き死にそのものには興味が無い。明確に勝ち負けさえ付くのなら何も命まで奪うつもりが無い。それこそ模擬戦で十分と言っているに等しい。

 ただ、それにしては随分と剣呑な剣技を修めているとアルトリウスはぼやいた。ヤトの剣技は相手を殺す事しか考えていない生粋の殺人剣だ。そんな剣の使い手が、殺さなくても十分などと嘯いても信用に値しない。

 アルトリウスの率直な感想に、ヤトは苦笑いを浮かべただけで何も言わなかった。


「ではヤトに命じます。貴方が殺めた護衛の方達を弔ってください」


「仰せのままに」


 新たな雇用主になったサラの命じるまま、ヤトは家を出て村人たちと共に亡骸を葬った。


 この契約がサラを含めたアポロン王国にとって利となるか災厄となるか、まだ誰にも分からない。



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