第12話 逃避行



 領主の館から助け出された一行は、カイルの手引きで現在盗賊ギルドの所有する邸宅に身を潜めていた。幸い自由は奪われていても拷問や暴力の類は受けておらず、全員が多少の疲労程度で済んでいた。

 街の火事の方は既に鎮火している。元々盗賊ギルドは火付けする家を前もって住民から買い取っており無人。周囲も最初から水をかけて延焼を防ぐ事前準備をしていた。その上で焼け跡の土地は盗賊ギルドが保有して、以後は彼等が有効活用するらしい。

 費用は全てヤトが支払った金貨を使っており、ギルドはさして腹が痛まない。お互いに利益のある取引となった。

 全てカイルの説明である。

 助け出された全員が今回救出に尽力したヤトに感謝を述べていた。特に護衛騎士のアルトリウスはヤトの前で膝を折って、懺悔するように己の無力さを恥じた。

 ただ、ヤトからすればどうでもいい謝罪だった。それよりも護衛の仕事を放っておいて傭兵ギルドに居た自分の方が判断を誤ったのだと謝罪して彼を立たせた。

 助け出された彼等には、その姿はさぞ慈悲深く謙虚に見えた事だろう。

 ある種の仲直りの儀式が終わり、今度は実務的な話に切り替わる。


「捕らえた領主どうします?殺さなかったのは何か利用価値があるからでしょうが、その前に尋問ですか」


「仮にもこの街の領主ですから、裁可は父に――――いえ、国王に委ねるのが国の法です」


 筋の通った意見に反対者は居ない。ここは王国、王が罪を裁く権利を有する。個人的な怨みで領主を害しては後の禍根に繋がる。

 となればダイアラスはこのまま生かして連れて行く事になる。一行にとってそれなりの負担だが、主人の命令は護らねばならない。

 それは後で考えればいい。次に問題になったのは、王都までどうやって帰るかだ。

 サラの話では、ダイアラスは平和を疎んじて再び戦乱を呼び込むためにヘスティ側の開戦派と結託して自分達を襲わせたらしい。その実行者がヤトを含めたヘスティで雇われた傭兵だった。そしてアポロン側にも潜在的な開戦論者は多いという。

 おかげで今回の一件で領主の誰が味方で敵なのか分からなくなった。そんな状況で非戦闘員ばかり抱える一行は、どんな小さな農村でもおちおち立ち寄る事すら出来ない。

 正直手詰まりだった。


 重い空気と沈黙が場を支配し始めたが、突然のノックで空気が霧散する。

 使用人が扉を開けると、そこには妖艶な美女が佇んでいた。盗賊ギルドの女主ロザリーが場違いに微笑んでいた。

 彼女はヤトとマオを除いて初対面だったので、簡単に所属の説明と挨拶をすると、サラは今回の助力に深く感謝を示した。


「礼には及びませんわ。私達はあくまで対価に見合った仕事をしたまでです。そして、お困りでしたら微力ながらお手伝い致しますが」


 柔らかい笑みのロザリーをサラとアルトリウスは警戒した。彼女の笑みには覚えがある。王宮での貴族の笑みと同質の物だと気付いたからだ。あれは弱みを見つけた猫だ。

 しかし差し伸べられた手に違いはない。それを何も聞かずに跳ね除けるほどサラは非情になりきれず、また現状を理解していないほど愚かでもなかった。

 サラはロザリーに席を勧めた。暗に話を全て聞く意思表示である。

 彼女は礼を言って座り、サラは一行が置かれている状況を包み隠さず全て打ち明けた。


「王女様自らのご説明、誠に恐縮です。つまり王宮まで安全な道があればよろしいのですね」


「そうです。ですが私達にはどこが安全な道なのか分かりません」


「では盗賊ギルドが先導役を担いましょう。主要街道を使わず、我々しか知らない道を使えば、時間はかかりますが可能です」


「まさか、そんな事が?」


「蛇の道は蛇。人を欺くのは盗賊の生業ですので」


 驚きの声を上げるサラにロザリーは微笑む。

 元々盗賊ギルドは商人が盗賊から盗品を仕入れる市場。取引所や輸送ルートは出来る限り秘密であったほうがいい。そのために人目が付かない道を利用するのは理にかなっている。

 一王女として犯罪者が国内を我が物顔で歩いているのは悔しいが今はそれどころではない。ひとまず心に棚を作って、王宮に帰るまでは考えないようにした。


「―――――対価は何でしょうか?」


「ただの厚意……と言っても信じてもらえませんから、この手紙を貴女の御父上、つまり国王陛下にお渡しください」


 差し出したのは一通の手紙。裏にはしっかりと封蝋がしてある。

 中身を知りたいと思ったが、きっと自分には用意出来ない物だと察して、必ず届けると誓った。


「先導役はカイル、貴方に任せます」


「えっ僕で良いんですか?」


「必要な事は全て教えたわ。後は自分で経験を積むしかないの。しっかりやりなさい」


 驚くカイルだったが、組織の長の命令なら嫌とは言わず、フードを外して同行者となる一向に素顔を晒した。

 彼の素顔は驚くほど端正だった。

 上役のロザリーも妖艶な美貌を持つ美女だが、彼はそれより上を行く美しさだった。

 肌の色は雪のように白く、きめ細やかで皺一つ無い。

 髪はまるで白金を糸のように引き延ばしたかのように、細く光沢のあるプラチナブロンド。

 顔の造形は幼さの中に繊細さと生命力にあふれた力強さを宿している。年は13~14歳程度か。

 何よりも目を惹くのがアメジストを磨き上げたような一対の紫の瞳。

 そして何よりも異彩を放つのはナイフのように尖った耳。それもロザリーよりもずっと長く尖っていた。


「まさかエンシェントエルフ?」


「古代の妖精王の末裔か」


 サラとアルトリウスがそれぞれ異なる名称を呟くが、基本的に同じ意味を持つ。

 亜人種は人と外見がほぼ同じだが、種族によって幾らか相違点がある。

 その中でエルフは耳が特徴だが、そのエルフでも血筋により違いがある。

 より長く尖った耳を持つ者ほど古いエルフの血を色濃く残すのだ。それは古の王の血と同義であり、カイルの耳は高貴な王の血筋に連なる者の証だった。


「改めて、駆け出し盗賊のカイルです。皆さんよろしく」


 カイルがニコりと笑いかけると使用人達は呆けたように彼の容姿に酔う。サラやアルトリウスも多少なりとも心を動かされた。変わらないのはヤトだけだ。

 そこから先はロザリーとサラで今後の段取りの話し合いだ。

 幸い一行は犯罪者でも何でもないので指名手配などかかっていない。あくまで領主の館に客人として招かれているだけなので、出てい行くのは自由だ。

 街の門を封鎖するには領主の許可が居るが、そもそも領主はこちらが確保している。親族や家臣も全容を把握しておらず、ダイアラスの行方を捜している中でそこまで手が回るとは考えにくい。

 それに当の領主がいても門衛が王女の荷物を検査する度胸などあるはずがなく、猿轡でも噛まして樽の中にでも入れておけば十分だ。

 唯一ヤトが傭兵ギルドで大立ち回りをしているで、そこを咎められる可能性があったが、現在ギルドは支部長を失って機能不全を起こしている。まだ数日は碌に動けないだろう。

 つまり早々に街から出て行ってしまえば一行を補足するのは著しく困難というわけだ。

 よって、一行は明日の早朝に街を出る。

 当座の食料などは今からロザリーが手配するので、サラ達はこのまま隠れ家で英気を養うだけで良かった。





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