第5話 剣鬼は蜂蜜ほど甘くない
「なあヤト。この蜂蜜を果物にかけたら美味しそうだと思わないか」
「それも良いですが、さっき採った栗を蜂蜜で煮るとすごく甘くて美味しいですよ」
「えっ、森の外にはそんな食べ方があるんだ!?」
高らかに宣言した青年エルフを二人はどうでもいいように振舞った。その上一番幼いエルフの一人がヤトの話に反応したので、青年エルフは全方位に怒気をまき散らした。
「サリオン余計なことを喋るな!まったく――――えっと」
「森の掟の話だよバイン。あと、名前ぐらい言わないと」
横からもう一人の髪を後ろで編んだエルフが補足する。仲間の助けで少し落ち着いたバインという名のエルフは咳払いして名乗る。
リーダー格が古いエルフ語で『正義』を意味するバイン。一番幼いのがサリオン、こちらは『英雄』。最後に髪を編んでいるエルフは『弓』の意を持つクーと名乗った。
そして幾分冷静になったバインが改めてヤト達に森の木をもう少し丁寧に扱えと忠告した。
「ロスティンさんから言われた通り、枝も折ってませんし火も焚いてませんが」
「でも君達さっき栗の木を揺らして食べない実や葉を沢山落としたよね。あれも森の掟だとダメな部類だよ」
「あと、そこの木の根を千切ってたのも良くないよ。枝も根も葉も同じ木なんだからダメだからね」
ヤトは反論するもののクーとサリオンが一応理屈の通る理由を述べた。ただし、ヤトもクシナもあまり納得していない。ならば最初から森の木は葉っぱ一枚に至るまで不必要に落とすなと言った方がこちらも気を遣うというのに。
もちろん言ったところでこの三人が頷くとは思えないのでヤトはそこまで言わなかった。代わりにクシナが思ったことを全部言ってしまい、当然のようにバインが余計に怒る。
「村の掟に従えないのなら今すぐに森から出ていけ!ただでさえお前のような竜が居座るのは腹立たしいんだぞ」
この言い草である。村への滞在を許したのは長のダズオールだ。決して目の前にいるバインではない。そんな権限も無いのに昨日の今日で客を叩き出したとなったらダズオールの恥となるのを理解していないのだろうか。人間のヤトにはエルフの常識は分からないが、たぶん道理が通らないのはバインだと思った。
同時にこの状況は中々に使えるのではないかとも思えた。なので一計を案じて機嫌を悪くしているクシナを宥めて、ヤトが三人をわざとらしく嘲る。
「おやおや、竜とはいえ女性相手に凄むのがエルフの男ですか?浅ましいというか卑しいと言いますか。誇りが無くて生きやすいですね」
「なっ、なんだと!!」
「なぜそこで怒りを見せるのか僕にはよく分かりません。自分が傍から見てどんな情けない事をしているのか分かってないんですか?」
「貴様ぁ、俺を愚弄するのかっ!!」
ヤトの煽りにバインは怒り心頭になって弓を手にかけたが、流石に拙いと思った横の二人が必死で身体を抑えた。その上でさらに嘲りの目を向けて弓を見る。
「その弓で僕をどうするつもりですか?女を声で追い散らす輩に本当に弓が使えるんですかねぇ」
ここまで言われては止めていた二人の力も緩む。その隙にバインが弓に矢を番えるが、狙いをつけるより速くヤトが腕を掴んで自由を奪う。多少力を籠めると痛みで矢を落とした。
「こんな近距離で弓を選択するのがそもそもの間違いですよ。やはり素人ですか」
「ふざけるな、その言葉を取り消せっ!!」
「でしたら明日にでも、腕前とやらを見せてくれませんか?もし優れた弓の使い手でしたら、僕は村を出て行ってもいいですよ」
ヤトの提案にバインの顔色が変わり、嘘偽りは無いのか問う。同時にヤトはもし大した事の無い腕前だったら、一体何を差し出すのかを問う。
その問いにバインは動揺した。
「なぜそこで狼狽えるんです。他者に何かをさせたかった場合対価を用意するのは当然じゃないですか。与える物も失う物も無しに人が動くと?」
「良いだろう、俺の弓を思う存分見せてやるっ!!もし口だけだったら腕でも首でもなんでもくれてやるぞぉ!!」
売り言葉に買い言葉のおよそ対等な賭けとは言えなかったが、既に冷静さを失っていたバインはそれが分からない。
他の面々が口を挟む間もなく、ヤトは明日の朝に村の中央の噴水前で待っていろと告げ、相手もそれを了承した。
その日の夕刻。
夕食の前にヤト達はカイルの師になったロスティンと共にお茶を飲んでいた。お茶請けには昼間のうちにヤトが作っておいた栗の蜂蜜煮だ。
栗の甘みと蜂蜜の甘さが上手く混ざり合って非常に美味しい。全員に好評で、特にロスティンは森の外にはこれほど美味い物があったのかと感動すら覚えていた。ついでに作り方を聞いて今度嫁に作ってもらい子供にも食べさせてやりたいと笑っていた。
朗らかな雰囲気だったが、話が今日の森の一件になるとロスティンは途端に顔をしかめて、ヤトとクシナに謝罪する。
「あいつらは……うちの若い連中が済まない。それとあいつらの言う森の掟はお前達には当て嵌まらないから気にするな」
ロスティンの話を要約すると、バインたちの言う掟は成人したエルフの掟であり、外からくる客人や子供の場合は朝にロスティンが教えたような簡易な掟を守りさえすれば良いそうだ。
そもそも外から来た者がずっと村で過ごした自分達と同じ事が出来るとは誰も思っていない。だから最低限気を付けてほしい事だけをあらかじめ伝えておいたのだ。にもかかわらず、竜だ何だと種族自体をあげつらうなどエルフ全体の品格を損なうとまるで分かっていない。
不手際を働いた若者三人を明日謝らせると申し出たが、ヤトは断って予定通り勝負は行うと言い切った。
「こういうのは上から無理に謝らせても不満はずっと燻ったままですから、一度完全にへし折らないと駄目です」
「それはそうだが大丈夫か?バインはあれで若手の中ではかなり出来る方だぞ」
「別に僕と弓の腕を競うわけではないですから。腕の優れた所を見せろなんて曖昧な基準なら何とでもなります」
「分かってたけどアニキって結構エグい事するよね。それにどうせ村を出て行くなんて言っても、いつ出ていくか明言してないとか、出て行ってまた来るとかやったでしょ」
心配するロスティンとは対照的に、付き合いのそこそこ長いカイルは兄貴分の気質の悪さから大事にならないと確信している。ヤトもカイルの言葉を否定しない。
反対にバイン達の方が心配になってきたロスティンが明日の勝負の方法を尋ねると、逆にヤトから四方に百歩は木々や遮蔽物の無い広い土地が近くに無いか質問を受ける。
少し考えて村から離れた湖畔なら木々が少なく見渡しが良い土地だと答えた。
「なら僕が考えていた方法が使えるから大丈夫です。それと証人が居ないと公正とは言えませんのでロスティンさんには明日立会いをお願いできますか?」
「私でよければな。時間は明日の朝噴水の前で良いか?」
「はい、よろしくお願いします」
話も終わり、嫁が夕食を作って待っているからとロスティンは家に帰った。ヤト達も夕食の支度を始める。
今日のメニューはウサギ肉の香草焼きと山菜スープ、それとライ麦パン。ウサギ肉は村人からの差し入れだ。
一般にエルフは菜食と言われているが、全く肉や魚を食べないわけではない。狩りもそれなりの頻度でしているので割と肉は食べる。そうしたイメージが着いたのは彼らが畜産によって肉を得ないからだ。
エルフの主な家畜はヤギやニワトリで、乳や卵を得るのに飼うだけだ。まれに馬を飼う村もあるが他の種族同様に騎乗用なので食べる事は無い。
この村も家畜はヤギとニワトリだ。肉は全て狩りで得る。だから必要以上に動物を狩らないように厳格な森の掟があるわけだ。
そのあたりの厳格なルールは客人のヤト達には分かりにくいので、狩りはしないように言われている。だから村から肉の差し入れがある。
量が少ないので大飯食いのクシナやカイルは若干不満そうだが、代わりに美味い果実と今日採って来た栗を焼いて食べて気持ちを紛らわせた。
腹一杯に食べた三人は明日のため早々に寝床に入った。
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