第4話 森の掟
剣の収穫は芳しくなかったが、一行は村の空き家を貸してもらえた。人数分の寝台が用意されて、厨房には新鮮な森の食材が豊富に揃っていて、これでしばらく寝食に困らない。
―――夜半。四人は居間に集まってヤギのミルクを飲みながらこれからの事を話し合う。付け合わせには森で獲れた瑞々しいブドウが添えられる。
「先に言っておくけど剣を盗んだり強奪するのは無しだから」
「分かってますよ。さすがに歓待してもらった相手にそんな事をするのは良心が咎めます」
ヤトは殊勝なことを言うが、カイルは微妙に信じていない。今までの所業を考えれば仕方が無いが、基本的にヤトは殺し以外で他者に害を与える行為はしない。むしろ盗賊のカイルの方が盗みは専門だろう。
「剣を譲ってもらえなかったのは残念ですが、ここでなら身の入った鍛錬が積めそうなので今から楽しみなんですよ」
「あーそういう事。でもアポロンの時みたいに許可を貰えると思う?」
「許可が無くても跳ね返りはどこにでもいるものですよ」
そう言ってヤトはブドウを房ごと口いっぱいに頬張るクシナを見るが、彼女は何の事か分からず首をかしげる。
基本的にエルフ族は争いを好まない。もちろん迫りくる災厄には果敢に立ち向かうし、神代の時代には数多くの竜や悪しき精霊と戦ったと言われている。決して臆病でも流血を嫌う種族ではない。特に若い者は好奇心も強く、時に向こう見ずな行動もする。身近にいるカイルがいい例だ。
「お願いだから殺しは無しにしてね」
「相手が死んでも負けを認めない限りは殺しませんよ」
それは一般的に大丈夫とは言わないと思ったが、とっくに手遅れなので諦めた。
一行は疲れもあって早々に寝床に入った。寝台の寝心地は極めて快適で全員すぐさま寝入った。
村に客分として迎えられた翌日の夜明け前。ヤトとクシナは起きていたが、カイルは疲れもあってまだ眠っている。ロスタは朝食の用意をしている。当然用意と言っても料理禁止令が出されているから果実と食器を並べているだけだ。心なしか彼女は不満そうに仕事をしている。
代わりにヤトが麦を乳で煮た乳粥を作り鍋ごとテーブルに乗せた。今日はクルミなどのナッツ類を多めに入れてあるので食感が良い。隠し味にチーズも入れてある。
その時入り口のドアを叩く音が聞こえた。ロスタがドアを開けると前には客が一人立っている。
「あなたはロスティン様。おはようございます」
「おはよう。朝早くにすまないな。カイルは起きているか?」
「いえ、カイル様はまだ起きてこられません。急なご用件でしょうか?」
「そこまで急ではないが彼に用があってきたのだが。出直した方がいいか」
「なら一緒に朝飯でも食っていれば、そのうちカイルも起きて来るぞ」
ロスティンが一度帰る素振りを見せたがクシナから朝食の誘いを受けてしまい戻れなくなった。仕方が無いので同じテーブルに就いて出来立ての乳粥を貰う。
暫くは三人で粥をつつき、ある程度食べた所でロスティンが呟く。
「この粥は食べた事の無い味付けだが、外の者はこういう食べ方をするのか?」
「どうでしょう家庭や土地で味は相当変わりますから。不味かったですか?」
「いや、悪い物ではない。むしろ美味い。それに竜と共に卓を囲むなど早々ある物ではないしな」
ここで初めてロスティンは笑みを見せた。
ロスティンは千歳を超えた程度で村のエルフの中ではまだ若手に類する。森から出た事が無いので当然ドラゴンも村の老人達から昔話で聞いた程度しか知らない。だから昨日初めて白銀の古竜を見た時は他の若い連中の抑え役として冷静に対処しながらも、心のどこかで竜と戦えるのではないかと考えて胸を躍らせた。
結果は友好的な邂逅になったのでそれで良かったと言えるし、今こうして共に外から来た者達と食事を執るのも楽しいと感じている。
クシナが粥を三杯、ロスティンが一杯食べ終わるころにはカイルも欠伸をしたまま起きてきた。そして一緒に食事をしていた男を見て一気に眠気が飛んだ。
「お前に用があって来たが、早すぎたから待たせてもらった。待った分馳走を用意してもらって得をしたよ」
「えーっと遅れてごめんなさい」
「いいさ、食べながら話をしよう」
カイルは言われるままに席に着いてロスタから貰った粥を食べる。ロスティンは粥のお代わりを貰ったのを見計らって話を切り出す。
「長から言われてエルフとしての作法としきたりを教えに来た。それ以外にも色々とな」
「やっぱり問題ありましたか。母さんから一通り教えてもらったけど、実際にやってみると上手くいかないや」
カイルは納得しつつ母のロザリーから教えられても上手くやれなかった事に気落ちする。
ロスティンは内心そういう問題ではないと思ったが今は敢えて何も言わなかった。単にしりたりに疎く、作法が拙いだけなら別の者がそれとなく気を利かせるだけで済む話だ。戦士のロスティンが出る幕は無い。
それでもダズオールから命じられたのは竜と共に来たからだ。短い間だが直接クシナと相対して悪意を持つ竜ではないのは分かっている。同族を殺す事は無いだろう。
問題は竜に合わせて旅をするにはカイルが未熟すぎる。実力が釣り合わない者同士が一緒にいて良い事は少ない。これからも旅を続けようと思えば強さは邪魔にはならない。
「何にせよ食べ終えたらさっそく始めてもらう」
「はい分かりました」
元気よく返事をして二杯目の乳粥を食べきり、二人のエルフは家を出て行った。
残った三人は食器を片付けながらこれからどうするか話し合う。
ロスタはメイドとして掃除や洗濯担当。ヤトとクシナは村や周囲の把握を兼ねて散策をすることにした。
エルフの日常は人間や獣人に比べればのんびりした印象を受ける。男は弓と籠を持って森に出かけ、女たちは村の外れの川で洗濯をしに行く。子供達はそこらで遊ぶか親の手伝いをしている。
物売りの姿が見えないのは村には貨幣経済が存在せず、村人同士で物々交換をしているのだろう。そこは人間の農村の日常風景とさして変わりはない。
それでも時間がゆっくり過ぎているように思えるのは村全体に広がる春の空気故だ。あるいは長命のエルフが定命の人間ほど生き急いでいないのでそのように感じるのだろうか。
問題は彼等エルフがヤトとクシナの姿を見ると、さりげなく視線を外したり子供を注意を別の方に逸らす事が多い事だ。やはり長が滞在の許可を出しても諸手を挙げて外の者を歓迎するわけではない。
それでも一部の子供は外から来た二人が珍しかったので好奇心から話しかける事もある。軽い挨拶をした頃には親に連れて行かれるので大したことは聞けないが、その内接する機会も増えるだろう。
歩いてみると意外と広い村をぐるりと回ると、それなりに日は高くなった。歩いて腹が減ったとクシナが言ったので、ヤトは森で何か食べ物を探してはどうか提案すると、彼女は二つ返事で了承した。
さっそく二人は村の外の森に入り、何か食べられそうな物を探す。
森を見渡せばそこかしこに食料が見つかる。果実、キノコ、山菜、動物も多い。
ロスティンからは果実や山菜は熟れていれば採り尽くさない限りは好きに食べて良いと言われている。他にも動物の類は子持ちの雌は殺してはいけない、木の枝を折ってはいけない、落ちている枝木は燃料にしても良いが森で火を焚くのは禁止、薪を得るために木を切り倒すのはもっての外などとエルフの掟を教えられた。
二人は掟を破らないように、まずは果実に手を付ける。赤く熟れたリンゴを幾つかもいで齧ると驚くほどに甘く清々しい酸味が口いっぱいに広がる。近くに生るミカンと杏も非常に美味で何個でも腹に入った。
少し離れた所には栗の木が群生しており、丸々と太った毬栗が無数に生っている。こちらは生では食べられないので持って帰って焼いて食べるつもりで拾い集める。さらにクシナは木を揺すって実を落とした。
「あまり揺らすと木を痛めますから程々にしてください」
「分かってる分かってる。しかしこの栗とやらは頭に当たるとチクチクして面白いな」
ヤトに注意されてもクシナは面白がって何度も木を揺らした。幸い木を痛めず枝も折らなかったが、葉や外皮が青いままの栗も結構落ちてしまい木が寒々しくなってしまった。
布一杯に栗を包んだ二人は満足して村に帰ろうとしたが、途中クシナが鼻を鳴らして何かの匂いを探す。
匂いに従って歩き続けた彼女はやがて一本の木の下に行き当たる。ここまで近づくとヤトにも匂いの元が分かった。蜂蜜の甘い匂いだ。
二人が根元の小さな穴を豪快に広げると無数のスズメバチが怒って飛び出した。外敵を撃退しようとするもヤトは脇差で払い除け、クシナは刺されても意に介さず黙々と掘り続けると木の根が絡み付いた巨大な蜂の巣が見えた。
「おほ~でかい巣だ。これは蜂蜜を沢山貯めいるな」
クシナは甘い蜜を前に思わず舌が出てしまう。そして絡まった細かい根を力任せに引き剥がして巣を引きずり出した。この頃にはスズメバチは巣を諦めて幼虫を抱えて次々と逃げて行った。
さっそく自分の胴体と同じぐらいの巨大な巣を壊して味見をするつもりだったがヤトがそれを止めた。
「覗き見している人が居ますから後にしましょう」
そう言ってヤトは森の一角に向けて石を投げる。石は何かに当たると、そこから痛みを訴える声が聞こえた。
声が出てしまった時点で誤魔化せないと思った覗き屋は観念して姿を現す。
出てきたのは全員ヤトと同じか年下に見える三人のエルフ。それぞれ弓矢を背にして短剣を腰に差している。服は森で活動する時に保護色になる緑だ。
三人のうち一番年上でリーダー格の気の強そうなエルフがヤト達を睨みつけながら口を開いた。
「お前達これ以上木を傷つけるのは止めてもらおう。客人でも森の掟は守ってもらわねば困るぞ!」
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