第2話 ファーストコンタクト
肌寒い森の中で目覚めた一行は手早く朝食を済ませて出発する。
朝の上空はより寒く、カイルは毛布に包まって寒さを凌いでいたが、頭の働きまでは鈍らせていない。
ロスタは二人から背を向けて一言も喋らない。昨日料理の下拵えしかさせてもらえなかったので朝からずっとこんな調子だ。ゴーレムなのに恐ろしいほど感情的だった。
「昨日寝る前に考えたんですが―――」
「村をすぐに見つける方法?」
カイルの応答にヤトは頷く。眼下に広がるこの大森林から小さな―――かどうは分からないが、エルフの村一つを見つけるのは至難の業だ。闇雲に探したところで日数を無駄に労するだろう。それはカイルも分かっているが、残念ながら今のところ妙案は思いつかない。
「カイルは狩りをする時にギリギリまで獲物に接近しますが、相手が巣穴から出ない場合はどうします?」
「んー撒き餌をしたり、巣穴近くで騒いだり、穴に煙を入れて巣穴から追い出すかな。―――――ちょ、まさかそれをここでやるって言わないよね!?下手したら話をする前に殺し合いになるよ!」
「おっ?戦いなら儂も付き合うぞー」
「しないから!もっと穏便な手段を選んでよっ!!」
戦いと聞いてクシナまで乗り気になって酷い事になりそうだったので慌てて止める。
焦るカイルだったが、ヤトはそこまではせず弟分の言う通り、近くで騒いで向こうから接触してもらうよう動くよう提案した。
これにはカイルも一応の納得はした。上手くいくかは分からないが、少なくとも相手を必要以上に刺激しない策だ。
「フロイドさんの話では彼等神代のエルフはかつて古竜とも戦った戦士だそうです。なら同じ古竜のクシナさんが上空を通れば何かしら反応があるでしょう」
「黒い矢に撃ち殺された赤い竜みたいにならないといいけど」
カイルの口にした赤い竜は大陸西部で有名な英雄譚に出てくる悪竜だ。
その竜は街から黄金を奪い、家を焼き、人を食らう大層恐れられた竜で、何物にも貫けない無敵の鱗の鎧を纏っていた。唯一の弱点は腹に一枚だけ鱗に覆われていない箇所があり、大弓を携えた弓の勇者に黒矢で弱点を射抜かれて死んだ。勇者は財宝を手に入れて街の領主となり話は終わる。
その話を聞いたクシナは赤い竜のあまりの情けなさに呆れた。彼女からすれば弱点をわざわざ抜かれるような間抜けと言いたいだろうし、人から黄金を奪うような卑しい振る舞いが殊更癇に障った。
「それはおとぎ話の類ですから本当かどうかは分かりませんよ。クシナさんは人を襲いませんし、黄金だって興味ないですから」
「言われてみればそうだな。儂、あんなのより見た目が似ているチーズの方が好きだし」
金貨とチーズを同列に扱うのも貨幣経済の外に生きているクシナならではの感覚だろう。
それはさておきクシナはそろそろ急峻な谷の上を通過する。フロイドの話ではこの奥にエルフの村がある。
ヤトはクシナに頼んで森の上を低空で飛んでもらった。当然下からの迎撃を警戒してクシナ自身と背に乗っていた三人がそれぞれ武器を持つ。
谷を通過して一帯を何度も何度も通る。遮る物など何も無い空を我が物顔で縦横無尽に飛び続けた。
二時間近く低空で飛び続けて寒さが身に堪え始めた頃。突如クシナの鼻先を掠めるように数十の矢が通り過ぎた。矢じりの向きから明らかに森から上に射られた物だと分かった。
驚いたクシナの動きで背の三人が落ちかけたが何とか踏みとどまった。ヤトは重力に引かれて落ちてきた矢を一本掴む。矢は基本的に人間の使う物と同じ造りだが、出来栄えはこちらの方が遥かに良い。色は黒ではなく白、矢じりは白銀のミスリルだった。
ヤトは矢が飛んで来た方向に意識を向けるが、移動したのか殺気はほとんど感じない。視線はまだ感じるのでどこかで観察しているのだろう。
「僕達が乗っているのを知って出方を伺っている可能性もありますね」
「やられた以上はやりかえすのが儂のやり方だが火はダメか?」
「今は我慢してください。カイル、エルフの言葉で文を書いて撃ち返してください」
「はいはーい」
矢を撃たれて腹を立てているクシナを宥めつつ、カイルが話し合いを望む文を書く。その間相手にも動きは無かった。
書き終わった文を相手の矢に括り付けてカイルは矢を番えた。狙う場所はヤトが一番視線を感じる箇所だ。この男、殺気に非常に敏感なので強い視線なら方角ぐらいなら分かる。
矢は狙い通りの場所に落ちる。これで後は相手の返答待ちだ。もし返答が無かった場合、全員で直接森に降りて探すしかない。
幸い時間はかかったが、周辺で一番高い木の上に人影が見えた。目を凝らせばその人物がカイルのように耳が長いエルフの男と分かる。
男は何か手ぶりで伝えようとしていたが、竜の飛ぶ高さでは上手く読み取れない。
仕方が無いのでクシナが限界まで低空で飛んで、三人は飛び降りる羽目になった。彼女は後から人になって降りてもらう。
かなり無茶な方法で降りたので三人は木に突っ込んであちこち葉まみれだったが、大したケガも無く降りられた。
「あーもう死ぬかと思ったよ。ロスタは無事?」
「はい。ですが周囲を囲まれているようです。注意してください」
彼女の言葉通り、鬱蒼とした森全体から視線を感じる。既にここは彼等の縄張りで、自分達はその真っただ中にある。
三人は全員武器を収めたままだ。下手に武器を構えていたら敵対者とみなされてたちまちハリネズミのようにされてしまう。
しばらくすると一人のエルフが三人の前に姿を現した。彼は森に溶け込むような緑の服を着て、背には弓と矢筒、手にはカイルの書いた文が握られている。
「半信半疑だったが本当に同胞だな。私はロスティン、古き言葉で『静かな雪』を意味する」
「は、始めまして。僕はカイルと言います」
ようやく本当の意味で同族に会えたカイルは緊張で足が震えていた。
ロスティンと名乗るエルフは人間で言えば三十歳前後の壮年の男性に見えるが、全身から感じる雰囲気はずっと成熟していて、まるで樹齢千年を超える大樹のような印象をカイルに与えた。
「カイル…カイルか。まるで人族のような名だ。そちらの二人?―――まあいい、隣の者たちも名乗るがいい」
「ヤトです。主に彼の付き添いでここに来ました」
「ロスタと申します。カイル様の所有物です」
深々と頭を下げるロスタと目の泳いだカイルをロスティンは胡散臭そうな目で交互に見る。彼はロスタを一目で人間ではないと見抜いたが、ゴーレムとまでは分からなかったので物扱いする関係を奇異に感じていた。
「文には話がしたいとあったがお前たちは森を騒がしくし過ぎだぞ。エルフならエルフのしきたりに則って訪ねて来るものだ。間違っても古竜に乗ってくる奴があるか」
「それは僕から謝罪をします。なにせこの広い森を当てもなく探すには時間がかかる。あなた方エルフと違って人間の僕はせっかちなもので」
「お前が人間?私にはとんと何者か見当がつかぬ。強いて言えば火の精霊が強すぎて竜と間違えそうになったぞ」
さすがは妖精の系譜たるエルフ。外見に捉われず、物事の本質をよく見ている。
エルフは基本的に水の精と風の精との結びつきが強い。あるいは森を住処とするので木の精とも仲がいい。半面火の精とは相性が悪く、それゆえに半人半竜となって火の精を身に宿したヤトはかなり警戒されている。
おまけに話をややこしくしそうなクシナが今この瞬間に人型になって空から降りて来たので周囲に伏せているエルフ達が動揺する。だからヤトは敢えてこの機を利用した。
「みなさん僕の奥さんの裸をまじまじと見るのは止めてください。エルフの男はそんなに女性の裸に飢えているんですか?」
「そんなわけあるか!」
茂みから若い男の怒声が聞こえてくる。一人の声に同調して周囲からも次々否定する声が上がった。ヤトにペースを乱されたと察したロスティンは囲ませていた男達を叱責して先に村に帰した。
ロスタが着替えを手伝っている間にヤトが古竜の正体と敵意は全く無い事も説明する。
「お前たちの言い分と振る舞いは分かった。村に入れるのは許可する。あとは長が判断してくれるだろう」
ひとまず客として迎えられた四人はエルフの村に様々な期待を抱きつつ、ロスティンの先導に従って森深くに進んだ。
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