第三章 なまくらの名剣
第1話 メイドの飯がまずい
「てへぺろ♪」
ロスタは三人の前で、首を少し横に傾けて軽く握った拳をこめかみに添え、舌を出しながらウィンクした。この仕草を可愛いと思うかウザいと思うかはひとそれぞれだろうが、今この状況ではおそらくウザいと受け取るだろう。
メイド服の少女のウザい仕草を前に最初に口を開いたのは主のカイルだった。
「――――その動きは?」
「私の胸の奥からの囁きで、失敗した時はこのように誤魔化すべきと」
失敗。そう、確かに彼女は今現在失敗を自覚している。だからこのように可愛い仕草で誤魔化そうとしている意図は伝わった。問題はそれで失敗が赦されるわけではないという事だ。
「ロスタさん、貴女は料理はメイドの仕事だ、自分にまかせてほしい。そう言いましたが、肝心の料理の腕を自覚していますか?」
「知識と技術は持っています。問題なのはその知識を埋め込んだアークマスターの味覚が皆様と致命的にズレていた事でしょうか」
彼女の言に誤りは見受けられない。実際にヤトもカイルもロスタの料理風景を一部見ていたが、何らおかしな動きは無かった。
四人が遺跡のあった鉱山都市バイパーを発って半日。夕刻前には移動をやめて野営の準備に取り掛かり、夕食には昼間カイルが弓で獲ったウサギが主菜になるはずだった。
そこでロスタが料理担当となり、ウサギ肉のスープを作っていた。料理の手際は良く、きっと味気ない旅の保存食も少しは美味しく食べられると思っていたのに出来たスープは身体が飲み込むのを拒否するほどに酷い物だった。どう酷いかは実際に食べた者にしか分からず、どう酷いかを説明するのも不可能な味だ。それでも味を表すならただ一言で事足りる。
『毒』
この一字で済んだ。
正直言うとヤトもカイルも食材を台無しにした彼女を叱責したかったが、これは当人の責任かどうか不明瞭だったので躊躇われた。
もしかしたら料理を教えれば根本的に問題が解決するかもしれないが、食材を無駄にしたくない旅の間は彼女に一切料理をさせない決定を下した。
ロスタはこの決定に不服を唱えず従った。
そしてスープは処分して元の硬いパンだけの夕食に戻ったが、何故か四人の中で一番食にうるさいクシナだけはスープの入った椀を離さず一言も喋っていなかった。
不審に思ったヤトが呼び掛けても応えず、頬を引っ張っても反応が無い。そしてよく見ると口からダラダラとスープが滴り落ちていた。
彼女は座ったまま気絶していた。
「えぇー!」
「竜が気を失うってどんな料理だよ!?」
その日の晩、ヤトは嫁竜の介抱に忙しかった。
□□□□□□□□□□
「うぅ、まだ口の中が気持ち悪い」
白銀の竜がしきりに口を動かして中の違和感を消し去ろうとしているが、まるで上手くいかず咳込んでいる。その振動が背に乗ったヤト達にも伝わり、ひどく乗り心地が悪い。
昨夜の騒動からクシナが回復したのは日がだいぶ登ってからだった。
一行はミニマム族のフロイドから聞いたエンシェントエルフの村を目指して空の旅を続けていた。フロイドによれば馬で五日の距離に、山と山が途切れて間に川が流れてる場所があり、その川を上に上に遡った先の谷の奥に目指す村があるという。
幸い遅れていると言っても竜の翼はゆっくり飛んでも馬の脚の五倍は速い。何より障害物を無視して最短距離で飛び、地形を把握するのも高い場所が一番だ。おかげで行程は少し遅れた程度で済んでいる。
今は川を見つけて遡っている最中だ。
「でさー、ここから川を上って谷を見つけたら、その先はどうするのさ?」
「上から村が分かればそこに降りれば良いだけです。分からなかったら適当に検討を付けて探しましょう」
「何日かかるかなぁ」
「誰かと追いかけっこをしているわけではないんですから気長に行きましょう」
ぼやくカイルを宥める。彼にとっては故郷の可能性のある場所なので出来るだけ早く確かめたいと気が急いてしまうが、見知らぬ地を闇雲に探すのは危険が伴うのでヤトが押し留めた。
それから暫く川を遡ると、やがて平坦な森から起伏の大きな地形に変わる。さらに先を見渡せば急峻な峡谷が威風堂々たる姿を横たえている。現在の季節は晩秋。最も高い頂きは白く雪化粧をしていた。
大まかな場所は分かったが、それでも眼下に広がる大森林から一つの村を探すのは相当に時間と労力のかかる仕事だ。
ここで日が落ちてきたので村の探索は明日にして、川沿いで比較的開けた場所に降りて野営することにした。
いつもならクシナはすぐに竜から人の姿に変わるが、ヤトからちょっとした仕事を頼まれたのでまだ竜のままだ。他の三人は何故か靴を脱いで素足になっている。
クシナは左の前足を川の水面に軽く叩き付ける。衝撃で川の流れが止まり、水が上流へと押し戻される。
すぐに川の流れは元に戻ったが、あちこちで魚が浮き上がったり川岸に打ち揚げられている。それらの魚を三人が回収した。今晩のおかずだ。
その後、人の姿になったクシナとヤトが薪を拾い集めに森に入り、カイルとロスタが料理担当になった。クシナは昨日の惨劇に戦々恐々したが、今回ロスタは魚を捌くだけで実際の調理はカイルがすると宥めた。それでも不安そうにしていたあたり、どれほど昨日の料理が不味かったのか窺い知れる。
結局夕食の不安は杞憂に終わった。内臓を綺麗に取ったえぐみの無い塩焼きも野草の入ったスープも素朴ながら美味だった。
しかしロスタの不名誉称号『メシマズメイド』の返上には未だ遠かった。
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