第21話 東人の剣技
盗賊ギルドと地元任侠組織『太陽の影』が非合法奴隷市を襲撃してから既に一月が経とうとしていた。
この間、盗賊カイルは幾度となく、王都に根を張り始めていた新興犯罪組織の末端を潰していた。
犯罪組織の後ろ盾であった貴族ゲース=ウィリアムが捕らえられた為、資金や情報が全く入って来なくなった組織は瞬く間に駆逐された。王都の裏の縄張りは再び二つの犯罪組織の手に戻った事になる。
その功績に報いるために王国はカイルに少なくない額の金貨を渡していた。一応彼も盗賊ギルドの人間なのでそのような報酬を貰う謂れは無いが、王女モニカの事もあるので口止め料として渡したのだろう。
一方、公的には大捕り物の主役とされたモニカは、まず最初に父である王をはじめとした家族から厳しい𠮟責を受けた。理由は一つ、勝手に命を危険に晒すような行為をした事だ。
特に最も厳しく説教をしたのが、彼女が最も懐いている姉のサラであった。しかしそれは憎いからではない。もし妹が死んでしまったかもしれないと思うがゆえに、二度と危ない事をさせたくなかったからだ。
そしてモニカは罰として暫くの間、城から出る事を禁止されて、勉強や芸事の課題を山のように言い渡されて、泣きを見る事になるが、誰がどう見ても自業自得の結果と言えた。
ただ、悪い事ばかりでなく、部屋に缶詰にされて碌に自由時間の無いモニカに気を利かせたカイルが時々様子を見に来ては、話しや遊び相手になっていたので息抜きは出来ていた。おかげで二人の距離は段々と縮まっている。
二人が幼い青春を謳歌している傍ら、ヤトは相変わらず剣に生きていた。
負傷した彼は半月程度大人しくしていたが、肋骨の骨折が完治した次の日から元気に騎士達と模擬戦を繰り返していた。
他にもカイル達盗賊ギルドと一緒に犯罪組織を襲撃していたが、街のチンピラ程度ではまるで歯ごたえが無かったので、結局一、二度で助っ人は辞めてしまった。
そして今は騎士団指南役のモードレッドと模擬戦を繰り返していた。この四十前の壮年騎士は指南役というだけあって極めて高い技量と豊富な実戦経験を持つ。
おかげでヤトは模擬戦とはいえ何度か膝を着いた。怪我の影響で身体が少し訛っていたのは事実だが負けは負けだ。
実に数年ぶりの負けを喫して、非常に悔しい思いをしつつも彼の魂は喜びに満ちていた。まだ世には己の知らない強者が居る。それがたまらなく嬉しかった。
不幸なのはモードレッドである。彼は朝から晩までヤトの模擬戦の相手をさせられて、衰えつつある肉体を酷使し続けてしまい、最近は過労とストレスで自慢の金髪も抜け毛が増え始めていた。
そんな充実した訓練生活を送っていたヤトは現在、騎士団長にして第三王子のランスロットに剣を教えていた。
意外にも彼は、ただ王子だから騎士団長を務めているわけではない。本人の言葉通り、血筋と実力両方を兼ね備えているからこそ団長の座に座っていられた。
とはいえ並の騎士より強いというだけで、指南役のモードレッドに比べれば数段落ちる実力でしかない。それでもガッツは並外れており、何度模擬戦でヤトに負けても向かって行った。
そんな中、ランスロットはヤトの剣術を不思議に思っていた。
そこで思い切って訓練の合間に彼に尋ねてみた。
「お前の剣は妙なところがあると常々思う」
「と言うと?」
「常に相手の死角に潜り込んで首を刎ねる様はまるで暗殺者の剣術のようだが、時々私のような高貴な者が使う品のある剣が見え隠れしている。なぜだろうな」
「なぜと言われましても、僕はただ家で習った剣を使っているだけの剣士ですよ」
「その家は……暗殺を請け負うような家なのか?」
「いいえ、そんな話は全く聞きません。あくまで護身用の剣術と教えられました」
「それにしては随分と剣呑な業だ。――――――護身用か」
「基本はそのままですが、僕の癖がかなり付いてて邪道な剣になってますから、まあ信じられないのは当然です」
ヤトが嘘を言っているようには思えなかったが、全てを話しているわけではない事は分かる。しかし凶悪な殺人剣が護身用とは信じ難い。
そして、どうもこの傭兵剣士には自分と似たような雰囲気や匂いがするのをランスロットは感じていた。確信は無いが、もしかしたら東国のいずれ名のある家の出ではないのか。そう思わずにはいられないモノを持っている。
結局望むような答えが返ってこなかったが、それでも異国の剣には大きな関心がある。そこで西には無い東だけの技術があるのか尋ねてみた。
無くても良い程度の期待で尋ねてみたが、意外にも有ると答えて、木剣を持って鍛錬場にある練習用の木人形に対峙する。ランスロットを含め騎士達はそれを見守っている。
ヤトは剣を上段に構えて呼吸を整え、丹田で練った気を木剣に行き渡らせる。普段使っている赤剣に比べると効率が悪いが文句は言わない。
十分に練った気を剣に込めて木人形に振り下ろすと、人形に真っすぐ縦の亀裂が入った。
騎士達はどよめいた。ヤトから人形までどう見ても剣が届く距離ではない。目一杯剣を振ったところで、人形まで2メートルは足りないからだ。
「それは魔法の類か?」
「東では『気功』あるいは『プラーナ』と呼ばれる技術です。習得自体は誰でも可能ですよ」
「誰でも?魔法のような神の祝福は要らないのか?」
「要らないですよ。習得には通常三年、出来が悪くても五年あれば基礎は出来ます」
「今みたいに遠くの物を斬る以外にも出来る事はあるのか?」
「人によっては剣の切れ味を良くして、極めれば木剣で鉄を斬るそうですよ。他にも身体能力を引き上げたり、治癒力を高める事も出来ます」
説明を聞いた騎士達は驚きを露わにする。彼等の知る魔法は生まれ持った才能が無ければ全く使えない。それとは対照的に時間さえかければ誰でも使える技術は非常に魅力的である。
ランスロットはそれでヤトが半月程度で骨折を治したのだと合点がいく。幾ら若いからと言って肋骨の骨折が治るには一月近くはかかるはずだからだ。
ただ話を聞くに、魔法のように重傷者を瞬時に癒したり、一度に何人もの相手を焼き殺すような事象は早々引き起こせないらしい。
あるいは生涯全てを修行に費やした達人なら近い事は可能らしいが、そこまでの域に達する無窮の達人など皆無である。よしんば居た所で表舞台に出てくる事はせず、世俗を厭うて山奥に引き篭もっているそうだ。
ヤトも主に剣の間合いを伸ばすのに用いるか、怪我の治癒に使うだけで、身体能力の強化などには使用していない。普通に鍛えれば十分戦闘に足りるからだ。
「しかし、そんな事を我々に教えても良かったのか?」
「教えたからと言って僕が弱くなるわけではありませんから。そもそも気功を使わなくても大抵の相手より強いですよ」
ヤトはランスロットの危惧をばっさりと切り捨てる。確かに大半の騎士はヤトの素の剣術にも勝てないので、気功の事を知ったところでどうにもならない。
ならばと騎士達は気功を教わろうとしたが、肝心のヤトが基礎を教えるのに致命的に向かない人間だったので、結局何も得られなかった。
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