第23話 仙人探しの船旅
ヤト達が翁海の地に来てから五日が経ち、町や漁村で情報を収集していたカイルが一定の成果を上げてきた。
このところ接待漬けで、些か飽きと辟易が来ていたヤトとクシナは、夜の饗宴を疲れが出たと言って早めに切り上げた後、四人は離れで密談を始めた。
「まずは情報収集お疲れさまでした」
「いいよいいよ。こういうのは僕が一番だからさ」
ヤトのねぎらいの言葉を、カイルはヒラヒラと手を振って軽くいなす。兄貴分が自由に動けない以上、動きやすい自分が主に仕事をするのは当然の事。頼りにされているのも悪い気はしない。
それに初めて海を見て、素足で海水に触れ、波の音を聞く。海という全く新しい環境から受ける刺激は、穏やかなエルフの森で過ごしていたら絶対に味わえない。まだ少年の域を脱していないカイルにとってこの上ない喜びだった。
漁で獲れたばかりのタコや海亀のような珍味を楽しみ、地元民から昔話を聞くだけでも満ち足りた時間だ。もちろん遊んでいるだけでなく、ちゃんと要点を抑えて情報は集めておいた。
「じゃあ結論から言うと、伝説はあったよ。神様だったり竜もある、仙人もね。人によって内容も結構違うけど」
少なくとも師の綱麻呂は嘘は言ってなかったらしい。と言ってもこの手の伝説はそこかしこで散見されるので、全てを真に受ける事は止めた方が良いだろう。ともかく判断するのはカイルの話を全て聞いてからだ。
まず最も多く話に上がったのが海の神の伝承だった。これは海辺の土地柄だから順当だろう。海洋というのは人が住める場所ではなく、舟板一枚抜けばそこはもうあの世と同義。頼れるのは自らの力と神の気まぐれでしかない。
時化ともなれば、高波が船だけでなく浜の建物や人を何もかも持ち去ってしまう。だから民は海神への供物を捧げたり、暴風雨そのものを神と呼んで畏れ敬う。そうした伝承はそこらの飲んだくれの漁師なら誰でも知ってる話だ。
それに翁海の地にもちゃんとした神殿があり、海神を信仰する神官が沢山いる。一応カイルはそこで伝承を色々と聞いてきたが、とりたてて興味をひく話は無かった。強いて言えば御神体として、千年以上前に神から授かった神器が奉納されているぐらいだ。ちなみに神器は沈まない石の船らしい。
神の話はそこそこに切り上げ、次は海に棲む竜の話に移る。
こちらは漁師の間で昔から語り継がれている伝承で、翁海の沖の海底には竜が棲んでいると言われている。漁師が海底で竜の姿を見たとか、網に時々巨大な鱗が引っかかっていたり、この近辺に鮫が殆ど寄り付かないのはその竜を恐れているからだと。
他にも嵐に遭って沈んでしまった交易船の船乗りの中には『嵐の中で竜の姿を見た』と数年に一度は証言が上がる。さらにその時には、暴風雷雨の中で女の歌う声も聞こえるという、怪談じみた話もあった。ただ、歌の方は飲んだくれの老船乗りが酒に酔いながらの話で、周囲は何度も聞かされた単なる与太話として扱っていた。
女の歌はともかく、人知を超えた何かが海に潜んでいるのは、地元民なら誰もが薄々気付いていた。
中には嵐で商品を満載した船が沈んで大損害を受けた異国の商人が、怒りのまま竜を討伐しようと武装船を出した事もあった。当然何の成果も出せず、手ぶらで帰った。どこに居るかも分からない相手に会いたいからと言って会えるような存在ではないし、竜だって商人を相手にしようなどとは思うまい。
ともかく、竜か断定は出来ないが海は人が侵し難い領域と言う事だけは地元民の話で分かった。
最後に本命の仙人については、色々と真偽定かではない伝説は数多く聞けた。
一番多かったのは誰も住んでいない孤島で人影を見かけたという話で、実際に幾つかの島には昔から仙人が住んでいる伝承がある。
最初は船が難破して打ち上げられた船乗りかと思われたが、助けを求めるような素振りは見せず、いつの間にか消えてしまったらしい。
あるいは過去に武芸者が修行として島に渡って、数十年住み続けた事もあったらしい。そうした求道者がいつしか仙人と呼ばれるようになり、伝説として定着した話も幾つかあった。
現在そうした武芸者が生きているか判然としないが、過去にいた事は確かである。
カイルがヤトに頼まれて集めた話はこんなところだ。後はついでで聞いた沈没船の話だったり、過去に海賊が根城にしていた島など、財宝関係の話がちらほらある。
「で、アニキはどうするの?」
「まずは仙人がいるという島にでも行って調べてみましょう」
所在が分かっている所から調べるのは基本だ。船は地元の漁師か交易船を持っている商人に金を積んで乗せてもらえば良い。
クシナの背に乗って飛ぶ案もあるが、不必要に民衆を騒がす必要はあるまい。何かしらのアクシデントで船が使えないか、途中で沈んだ時に何とかしてもらおう。
塩原の一族が何か言ってきても、単なる遊びとシラを切れば止められはしない。
翌朝、ヤトが浜麻呂に孤島に遊びに行くと伝えると、彼は難色を示すどころか快諾して、船はこちらで調達するとまで言ってのけた。些か拍子抜けをしたものの、協力してくれるなら素直に受けるべきだろう。
その次の日、護衛付きの牛車を出して港まで送ってくれた。
国司のお膝元の港町は皇都にも劣らぬ規模を有しつつも、秩序とは程遠い混沌とした熱気を発していた。
港町は最初から国の中枢都市として設計された皇都≪飛鳥≫のように秩序立った都市設計はされていない。絶えず出入りする異国の船とその船乗りで溢れ、彼等の持ち込む品を目当てに遠方から多数の商人が押し寄せ、金に群がる人が人を呼ぶ循環が生まれていた。
人の循環こそが長年に渡り無秩序に拡張を広げる保証となり、もはや最初の支配者たる塩原の一族すら、毎月商人から受け取る税収が適正な額なのかすら把握しきれていなかった。
おかげで相当額が徴税する役人の、さらに使いっぱしりの懐に入っていると思われるが、それすら町全体の収益と比すれば小遣いにも満たない。外国からやって来る船が町に落とす富はそれほど莫大だった。
反面、利益を求める輩がお行儀よく商売だけするはずもない。絶えず暴力と狡知が渦巻き、喧嘩や詐欺は挨拶程度。刃物を振り回して死体が生まれ、失敗して借金で首が回らなければ奴隷扱い。勝てば正義、負ければ悪。弱肉強食の理が町の裏側を支配していた。
そうした町の暗い部分も、今のヤト達には関わりない。四人は住民と触れ合う事もなく、港へと送られた。
港は何もない日でもお祭りのように賑やかだった。三十を超える巨大な蔵が立ち並び、そこへ同じ数の船から担ぎ手が休み無しに荷を運び入れる。ざっと見ただけで積み荷は工芸品、香料、毛皮、酒、武具、珍しい生きたままの動物もいた。
船も形状はバラバラで、葦原と同様の造りもあれば、桃国様式の船もあり、隣には全く異なる形状の帆を持つ―――南方にあるシーロンという島国から来た―――大型船も停泊していた。
四人のために用意されたのは、葦原式の帆と櫂を備えた三十人程度を乗せる中型船で、どちらかと言えば近海で使うための小回りが利く船だ。孤島への上陸には適している。
既に出向の準備は整っており、顔に刀傷のある隻眼の鼠人船長がヤト達を出迎えた。小柄ながらによく鍛えられた肉体はいかにも海のつわもの然としている。彼は岩太郎と名乗る。
「皇族を乗せられるとは終生の誉でさあ。して、どちらの島に向かいますか」
「地図に島の位置は記しておきました。順番はそちらに任せます」
カイルから地図を受け取った船長は、五つの赤印が塗られた地図と睨めっこしながら航路を組み立てる。積んだ水と食料、風と潮流を計算に入れて、出来るだけ効率的に船を操るのが船乗りの腕の見せ所だ。
「よーし野郎ども!出港するぞ!!お客人は邪魔にならねえように船室に入ってくだせえ」
ヤト達は言われたままに船の中に入った。
船の航海は陸を旅するのとは全く異なる技術を要求されるので、いかに皇族だろうと船乗りに口を出す事は出来ない。船の上で一番偉いのは船長だ。
後は専門家に任せて、全員が生まれて初めての船旅を満喫した。
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