第24話 嵐の後には
翁海の孤島探索を始めてから十日が経った。
ヤト達は既に三つの島を探し終えて、これから四つ目の島へ向かっている。
海はやや荒れており帆に当たる風が定まらないので、船乗りたちは頻繁に帆の向きを操作して適切な進路を維持していた。
四人は現在船室で大人しくしていた。荒れた海では素人がする事は無いし、むしろ作業の邪魔どころか海に投げ出される危険すらあるので、外に出してもらえない。
ヤトは動かないように机に釘打ちした地図を眺める。
これまで三つの島を探索したものの、目立った成果は上がっていない。人の住んでいた痕跡が見つけられればまだマシな方で、一つの島は雑草すら生えていないただの岩礁。さらにもう一つは普通に漁民が暮らしている集落だった。勿論現地民に聞き込みをしても、成果は得られなかった。
外れを引いているのは確かだが、ヤトはそこまで落ち込んではいない。元から噂話に多くは期待していないし、まだ三つ目だ。あと二つが空振りでも、次はカイルに付き合って宝探しも悪くはない。
幸い食料と水は三番目の漁民の住む島で補給したから、まだまだ余裕がある。何よりここは豊富な魚の棲む近海だ。船乗り達が待っている間に暇潰しに漁をして新鮮な魚や貝が手に入れば、その日の夜は御馳走を楽しめた。
残る二つがどんな島なのか予想を立てている隣で、長椅子に寝ていたクシナが顔を青くしていたから背中を擦る。竜が船酔いなどと笑い話にもならないが、当人にとっては真剣な問題だった。
そしてカイルも今は備え付けられた便所でゲロゲロ吐いていた。あちらも船酔いで酷い事になっている。
二人の名誉のために言っておくが、今は荒天で揺れが酷くなっているから酔っているだけで、常に船酔いをしているわけではない。それに食事時ともなれば、それまでの吐き気が嘘のように飯を食べ始めるから、あくまで酔いは一時的な不調だ。決して食い意地が張って限界まで食べて腹に入れるから酔いが酷くなってるという事は無い。
陸に上がれば元通りだから探索は問題無い。しいて言えば、今この場では役立たずなのはいただけないが、ヤトとロスタがいれば嵐と共に現れる伝説の竜でも来なければ対処は容易だ。
そういうわけで海の上では暇なヤトは船酔いした嫁を介抱する事以外にやる事が無かった。
その日の午後には、四つ目の島に上陸した。島は鬱蒼とした森で覆われて、奥までは視界が通らない。
ここも言い伝えでは求道者が何十年と荒行を行っていたらしいので、とりあえず探してみるしかない。。
海が荒れてきたから島にはヤト達四人だけ上陸して、他の船乗りたちは錨を降ろして船内で待機している。船長は出来れば船に残るように勧めたが、クシナとカイルの船酔いが頂点に達していたので、やむを得ず四人だけ先に上陸した。
ようやく船酔いから解放された二人は、多少元気を取り戻して地面の有難みを味わっている。
「さて、日暮れも近いですから、早めに探索をしておきましょう」
「「「おー!」」」
四人は荷物を持って森へと入る。最低でも風を遮れる森の中で野営の準備はしておきたい。
カイルを先頭にして、無造作に生い茂る草花を丁寧に掻き分け、枝が落ちていれば拾っておく。森の精霊に挨拶をして、住民の情報も仕入れた。
精霊によれば昔はこの島にも時々外から訪れて長く滞在する者がいたらしい。ただ、最近はめっきり見かけず、時々浜の方で漁師が休憩する程度で、森には寄り付かなかった。
先住の野兎や狐が遠巻きに見守る中、森の奥で朽ちた小屋を見つけた。
小屋は長年放置されて穴の開いた屋根には雑草が生い茂り、一方の土壁が丸ごと倒れている。中を見ればそこは野ネズミの巣で、入って来たカイルに驚いてあっさりと逃げ出した。
荒れ放題でお世辞にも綺麗な所ではないが、最低限の風除けには使えると判断して、ここを今日の宿に決定した。
都合が良いのか悪いのか雨音がし始めた。カイルが精霊に頼んで屋根の蔦を生やして、即興で穴を埋める。
宿を確保して余裕が生まれたので、小屋の周囲だけでも探索してはどうかという話が出る。急ぐ理由は無いが散歩程度の余裕はあったので、少しの間だけ探索する事になった。
四人は小屋の周囲を見渡して、少し離れた場所に井戸を見つけた。カイルが覗いてみると底には雑草が生い茂り、水も枯れていた。
「うーん、お宝は無いか」
普通の井戸にお宝が隠されている確率は無と言わずとも、ほぼ無いに等しかろう。それでも彼は井戸の暗闇から何かを見つけて、中の探索を主張した。どうやら壁に横穴があるらしい。
念のために石を落として罠の類が無いのを確認してから、カイルが腰に縄を付けて井戸の底まで降りてみる。
浅い底に降りて目当ての横穴を見た後、ちょっと目が輝いた。
しばらくゴソゴソと何かをやってから、自力で上に戻った。彼は懐から自慢気に、青い金属細工の像を取り出した。
「へへーん!どうこれ」
「なんだそれ、蛇か」
「これは龍を模った像ですね。葦原や桃国では角のある蛇に近い姿の竜の方が一般的に知られています」
クシナが翼の無い龍の像をしげしげと見る。彼女自身の姿とはあまり似ていないのに、同族扱いなのがいまいち納得出来ていない。
そこは置いておき、ヤトは龍像を細部まで観察する。細工の出来栄えは中々で、長い髭の躍動感や鱗一枚に至るまで入念に彫り上げから、一流の職人の手が入っているのが分かる。何の金属なのかは分からないが、それなりに価値のある像だろう。
「良い物ですが井戸の中に隠してあったんですか?」
「井戸の横穴に祭壇みたいな物があって、そこに置かれていたよ」
ヤトはすぐに像が神へのお供え物と気付いた。普通の人間なら罰当たりと思って手を出しはしないが、ここに普通の感性の者は居ない。よしんば本当に神が怒りのままに罰を落とすなら、喜んで切り伏せて見せよう。よって弟分には特に何も言わない。
ただ、偶然だろうが急に雨脚と風が強くなったので、探索はここまでと切り上げて、あばら家へと戻った。
弱まる事を知らない雨粒と暴風の騒がしい演奏を聞き流して、早めの夕食をとる。
「沖の船は大丈夫かな」
「船乗りの腕を信じるしかありませんよ」
ヤトの言う通り、海のことは船乗りにしか任せられない。最悪船が沈んでも、クシナに飛んで運んでもらって海を渡れるから、自分達の心配はしていない。
そういうわけで四人は体力を浪費しないように大人しく身体を休めた。
翌日。夜明け前には目を覚ました。昨晩から風は一切弱まる事なく荒ぶり、遠くでは何度も落雷の轟音が鳴り響いていた。幸い雨だけは弱まり、今は小雨になっていた。
ヤトはクシナとカイルを起こし、朝食の前に海の様子を見る事を提案する。昨日の時化で船が無事かどうか確認ぐらいはしておきたかった。
反対意見は出ず、四人は小屋を出て暴風吹き荒れる海へ向かった。
海は当然ながら大荒れで、岩壁には叩きつけるように高波がぶつかり、飛沫が海へと戻っていく。
波が引いた後には魚やタコが打ち上げられていた。海からの新鮮な贈り物と喜びたいがそうも言っていられない。
海産物以外にも、船の木片やら水死体が転がっていた。死体の顔には見覚えがある。四人が乗っていた船の船員だった。
その船員が死体になって転がっている。海を見れば、昨日までそこにあった船が影も形も無い。船と共に彼等がどうなったかは考えるまでもない。
「船は沈みましたね」
「悪いことしちゃったかな」
カイルが気の毒に思って、ロスタに命じて船乗りの死体を森の方に運んで掘った穴に埋めてやる。船乗りにとって海で死ぬのは覚悟の上でも、埋葬ぐらいはしてあげないと死に切れまい。
最低限の弔いが済んだところで、これからどうするかの問題が出てくる。
単に島から出るだけなら、クシナに飛んでもらって最寄りの陸地に降りればいい。まだ探索したいなら留まるが、せめて風が弱まってからにしたい。
どちらにせよ風はますます強く吹き荒れて、流石のヤトもこれには参る。
カイルは風の精霊に何とかしてくれと頼むも、どうも様子がおかしいと困惑していた。
「えっ『アイツの欠片が来る』。どういうこと?」
声から精霊が何かを伝えようとしているのは分かる。しかし具体的な意味が分からないのでは、どう対応すべきか判断に困る。とりあえず何かが来るのは確からしい。
ヤト達は最悪を考えて武器をいつでも抜けるように警戒はした。
何かが迫っているのを四人全員が感じ取る。その上、先程まで立っていられないほどの暴風が一気に凪に変わった。
異常事態に警戒心が最大となり、最も感覚の鋭いヤトが海に視線を向けた。
湖面のように穏やかになった水面が唐突に盛り上がり、一匹の魚が跳ねた。
クシナとカイルの気が抜けた瞬間、人ほどもある魚が海を貫いて姿を見せた。
否、魚ではない。上半身が裸の女、下半身が魚の異形であった。
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