第25話 寡兵の戦い方



 三日後、先遣隊が着々とワイアルド湖に近づくにつれて、段々と隊の空気が重くなるのをヤト達は感じていた。

 そもそもたった三百五十の雑多な兵で砦に籠る千の敵を相手取るのはまともに考えて自殺行為に近い。本来攻撃側は防御側の倍から三倍程度兵を使って防御拠点を落とすのが定石だ。これでは逆である。

 それは少しでも戦の知識がある者なら分かっているので、本気で砦を攻めるとは隊の誰もが思っていないはずだろうが、それでも指揮官である騎士達の周辺には常に重苦しい雰囲気が漂っている。あたかも死刑執行を待つ囚人の顔をしていても、それはきっと気のせいだろう。


 明日の昼には目標の砦が見える距離まで迫った先遣隊は小川の傍で野営していた。

 兵達は戦を明日に控えて緊張している。特に戦経験の無い元奴隷の亜人連中はまるで落ち着かない。今更逃げる事は無いだろうが、いざ戦になってどれほど戦えるか分かりはしない。

 そうした空気を読み取った騎士達はなるべく緊張をほぐそうとするが、成果はあまり上がっていない。

 騎士アルトリウスも傭兵達を鼓舞するために野営地を回っていた。そこで見知った顔を見つけた。ヤトとカイルだ。


「調子はどうだ二人とも」


「いつも通りです」


「ちょっと緊張してるかな?」


 素っ気ないヤトと年相応に緊張しているカイルを見て、アルトリウスは少し笑う。彼もまた明日を想うと気が張り詰めていた。

 アルトリウスは焚火の前に座る。カイルは彼に干し肉と野草のスープを差し出す。まだ夕食を済ませていなかったので、ありがたく受け取った。


「戦が心配ですか?」


「――――正直に言うとな」


 ヤトの問いに、アルトリウスは他の者に聞こえないように小さく返した。

 そしてスープを飲みながら小声で部隊の戦略目標を話し始めた。

 まずこの先遣隊はアポロン軍の集結と進軍まで、砦に籠ったヘスティ軍の足止めをしておくのが王の至上命令だ。元から砦を攻め落とせとは言われていない。


「常識的な命令で良かったじゃないですか」


「そうだな、敵がずっと砦に籠っていてくれればな。そしてヘスティから後続の本軍が来なければの話だ」


 まあそうだろう。幾ら砦に籠っていても千では、アポロンが五千も用意すれば容易く陥落する。ワイアルド湖の砦はあくまでアポロン侵攻への足掛かりとなる土地、橋頭堡として占領しているに過ぎない。

 あるいは増援が来なくとも、たった三百五十の兵では砦から半数の五百でも出て来て野戦を仕掛けられたら全滅する。正直、何のための先遣隊なのか分からない。指揮官に選ばれたモードレッドも隊をどう扱ってよいか頭を悩ませていた。

 まともに戦うのは無駄。砦を取り囲んで持久戦も数が少なくて無意味。精々砦の監視か、領民にアポロンは見捨てていないとポーズのために派遣した見せかけの軍でしかないように思えた。

 上手くやれば死人は一人も出ないだろうが、全て相手の出方次第というのは指揮官として面白くないだろう。

 ここでカイルが、ふと心に浮かんだ疑問を口にした。


「じゃあ、もし僕やギルドの人が砦の扉を内側から開けて全員を引き入れたら砦は落とせる?」


「不可能ではないが、敵の数が三倍では上手くやっても共倒れが精々だ。せめてもう少し数を減らさねば」


「砦の食料を全部燃やすとか、井戸に毒を入れて飲めなくしたら?」


「向こうも馬鹿ではない。そうした最重要物資は警戒も厳しい。無理と考えた方が無難だ」


 カイルは自分の策が冴えた考えだと思っていたが、この程度の策はモードレッドやアルトリウスにも思い浮かびながらも捨てていた。

 目の前で唸っている二人を尻目に、ヤトは我関せずとスープを飲んでいたが、何気なく浮かんだ疑問を口にした。


「所でこの土地はアポロン領ですが、民はヘスティの占領をどう思っているんです?」


「元々ここはヘスティの領地だったから、悪い気はしていないだろう。と言うより、上が誰だろうがここの民は気にしないぞ」


 その答えにヤトは首を捻った。

 ヤトが流浪の東人だったのを忘れていたアルトリウスは、この土地の歴史から教える事にした。

 元々このワイアルド湖は豊富な水を使った麦の栽培と漁業で裕福だった少数部族のワイアルド族が住んでいた。それをアポロンが滅ぼして国土とした。しかしそれを快く思わない隣国のヘスティが武力で占領した。それを今度はアポロンが取り返し、また奪われる。

 そんな陣取りゲームのような繰り返しを五回は続けていたのがこの土地である。

 だからそんなゲームに付き合わされる民は上に立つ所有者が誰だろうがあまり興味が無いのだ。


「何というか下から見たら馬鹿馬鹿しい戦ですね」


「全くだ。そんな戦で死ぬのは御免被るが、我々騎士は王に戦えと言われれば戦うだけだ」


「ではここの民は何かあれば旗を取り換えるのも容易いと?」


「残念ながら砦より東は簡単にヘスティの旗を掲げているな」


 そこまで情報を得たヤトはスープを放置して考え込んだ。

 それから暫くして、ようやくヤトが思案を止めたのは、飲んでいたスープがすっかり冷めてしまってからだ。


「――――砦を迂回して東の村々を焼きましょう」


「何を考えている貴様―――」


 ヤトはせっかくの戦なのにお預けを喰らいたくなかったので悪辣な策を考えた。


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