第26話 問題続出



 ――――――――ワイアルド湖の砦の一室――――――――



 夜明けの数時間前、ヘスティ軍指揮官バーグは扉を乱暴に叩く音で起こされた。苛立ちを隠しながら眼を擦って眠気を覚ます。

 つい先日、ようやく落とした砦の簡易修繕が終わり、久しぶりに温かいベッドでゆっくり寝られると思った矢先に問題が発生したのだろう。

 剣だけを手にして扉を開けると、荒い気を吐く兵士が立っていた。


「バーグ様、お休みのところ申し訳ありません!火急の知らせでございます!」


「分かった。まずはお前が息を整えてから話せ」


「ははっ!―――――――んん、ご報告がございます。ここより北東にある村が野盗五十名に襲われて、至急助けを求めております。如何いたしましょう?」


「こんな時にか?いや、こんな時だからこそどさくさで動く輩も居るか」


 バーグは溜息を吐いたが納得して受け入れた。こうした戦の前後には混乱と武力の空白が生まれる。その隙間を狙って火事場泥棒を働く目敏い連中はどこにでも居た。些か五十名は多いが、もしかしたら自分達の後をつけていたのかもしれない。

 そもそも今回のアポロン侵攻は新たな王の初めての親征である。些細なミスでさえ許されない。

 そして七日後に到着するゴール将軍に発覚すると今後の評価に響くので捨て置けない。


「分かった。ドナルドに百二十程度与えて討伐に向かわせろ」


「承知しました」


 バーグは伝令に向かう兵士の後姿を見ながら心の中で、もう少しゆっくり眠りたいと愚痴った。



 正午。昼食を楽しんでいたバーグに兵士が報告に来た。兵士の顔からあまり聞きたくない類の話だと予想した。


「ドナルドの部隊が負傷したのか?」


「いえ、ドナルド様はまだ戻っておりません。今度は砦から真東の村が盗賊五十名程に襲われたそうです」


 バーグは怒りでテーブルを叩きつけた。衝撃で皿に乗った豚肉が宙を踊る。兵士は明らかに委縮した。

 幾ら砦を守っているとはいえ、本軍の進軍ルートの治安を放置したままでは職務放棄と見做されてもおかしくない。

 今回の戦の大義はアポロンに不当占拠されたワイアルドの地を解放して民を慰撫するためだ。それが成されていないとなっては指揮官を罷免されかねない。そんな不名誉は御免だ。


「ロッテに百五十を率いてさっさと終わらせに行けと伝えろ!まったく、ドナルドもさっさと戻って来い」


 これ以上不興を買いたくなかった兵士は一目散に士官に命令を届けに行った。

 苛立つバーグは乱暴に肉を平らげて水で押し流した。



 夕暮れ時、盗賊退治に送った二つの部隊が一向に帰ってこないのをイライラして待っていたバーグにさらなる報がもたらされた。


「ご、ご報告いたします!南東の村でアポロンの残党百人がヘスティに味方した裏切り者と言って村人を虐殺していると―――――」


「ふざけるなっ!!!ええい、カーネル!三百を連れて、さっさと皆殺しにしてこい!!」


「――――承知しました。終わらせてすぐに戻ってきます」


 怒りに身を任せながらも、信頼する副官のカーネルに命令を伝えたバーグ。彼は指揮官としての責務をまだ放棄していなかったが、不測の事態の連続で明らかに憔悴していた。



      □□□□□□□□□□



 翌朝。一気に半分以下の兵になった砦の一室でバーグは一睡もせずに報告を待っていた。正確には情勢と報告が気になって眠れないのだ。

 月が沈み、太陽が顔を見せ始めた頃、兵士が扉を叩く音がした。決して睡眠不足による幻聴ではない。何か進展があったのだろう。


「報告します!物見の報告では昨日砦を出たドナルド様とロッテ様の部隊が砦に向かっています」


「それは確かか?」


「はっ!確かに両名の旗が靡いております。兵の数もほぼ同じです。それと、縄で繋いだ捕虜が数十名居るようです」


「――――そうか。カーネルが戻っていないのが気になるが、ひとまずの朗報だ。私が直接出迎えよう」


 ようやく良い報告が聞けそうだと思ったバーグは上機嫌で正門の上に向かった。


 バーグが城壁の上に来る頃には、三百近い兵士と五十を超える捕虜らしきフードを被った一団が門の手前で待っていた。

 兵士達は誰もが返り血で汚れており、如何に盗賊討伐が苛烈だったかが一目で分かった。そして彼等は皆憔悴しているのか、見上げるのも億劫で俯いている。

 それは砦の兵士も同じだ。半数になった兵がほぼ寝ずの番で夜間の警戒に当たっており、誰もが眠気と戦っていた。中にはようやく同僚達が帰ってきたのに安堵して、大きな欠伸をする兵もちらほら居た。


「開門!開門せよ!!我々は盗賊を討伐したロッテ、ドナルド両名である!」


「うむ、よくやった!番兵、ただちに開門せよ!!」


 バーグの命令で兵士が数人がかりで閂を外して、重厚な鉄で補強した扉を開いた。

 完全に開いた門を騎乗したまま騎士が通る。

 捕虜と兵士が半分程度砦に入った頃、バーグが彼等を労うために上から降りてきた。

 しかし、その時兵士の一人が違和感を覚え、帰還した兵士の顔をまじまじと観察した。そして違和感が確信へと変わり、その場で叫んだ。


「違う!こいつら俺達の仲間じゃないぞ!!知らない奴ばかりだ!!」


 その声を合図に、帰還した兵士達は一斉に砦に残っていた兵士達に襲い掛かる。

 さらに捕虜と思われていたフード姿の者達も全員外套を脱ぎ捨て、手を縛っていたはずの縄も投げ捨てた。


「芝居はここまでだ!!全員手筈通りかかれっ!」


 砦は大混乱に陥った。



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