第10話 犯罪結社の女主
「と、とうぞくギルド?」
マオがオウム返しに呟く。
彼女も盗賊とギルドは知っている。しかしその両方が結び付くと、途端に理解の及ばない言葉になる。
呆然とする彼女だったが、ヤトはお構いなしに案内役と一緒に奥へと進んで行こうとしたので、一度考えるのを止めて急いで後を追った。案内役はフードを深くかぶって顔を隠しているのと、声がくぐもっていて性別すら分からない。
ギルド内は石造りの地下を利用しているが意外にも広く天井も高い。所々に灯した松明やランタンの火と相まって、まるで古い城の中にいるような錯覚に囚われた。
通路ですれ違う者は多いが、誰もが一般人と異なる雰囲気を纏っている。何と言えば良いのか分からないが、とにかく常に緊張感を強いられる、相手を不安にさせる者達だった。
それに立ち話をしている者達も口が動いているので何かを話しているのは分かるが声がとても聞き取り辛い。声が小さいわけでも早過ぎる訳でもない。同じ国の言葉なのに別の国の言葉のような印象をマオに与えた。
ここはまるで地下の異国だった。
案内役から、この部屋で待てと言われて二人は椅子とテーブルがあるだけの簡素な小部屋で待たされた。
「あの、ヤトさん。盗賊ギルドとは?」
「盗賊というか犯罪者が集まって作った犯罪結社です」
簡潔な説明にマオは戸惑った。自分の国の都市にそんな集団が巣食っていたと生まれて初めて知った。つまり自分達は犯罪者集団の腹の中に居るに等しい。恐怖が心を蝕み始めた。
震える女性を放っておいても良かったが、どうせ待っている間は暇なのでギルドの成り立ちを簡単に説明することにした。
盗賊ギルドの発端は盗賊と商人の盗品売買の取引所とされる。
幾ら物を盗んだ所で金に換えられなければ意味がない。だから曰く付きでも買ってくれる商人のツテが必要だった。
商人も出所が怪しくても安価で商品が買えるなら利益になる。お互いに利益を得るための円滑な卸市場が出発点だった。ここまではどの国の都市にも似たような闇市がある。
さらにそこから用心棒役が市場の実権を握り、金と暴力によって組織化。それがギルドの立ち上げに繋がった。
ここで盗賊と商人だけでなく、様々な犯罪者が群がり始めて組織は肥大化。中には国を跨いで交流を始めて、密輸と情報の売買によって利益を荒稼ぎする集団同士も出てきた。
そうなると自分達も儲けようと真似し出す集団が現れてノウハウを学ぶ。そこで最初の結社が用いた蛇のタグも真似る。
以後、無関係だろうが白蛇が盗賊ギルドの紋章として扱われるようになった。
「これが盗賊ギルドの成り立ちです」
「はあ。でもなぜヤトさんはそんな事を知っているんです?」
「僕はギルド員ではないですが、以前知り合った盗賊から教えてもらいました」
どういう縁で盗賊と知り合うのか聞いてみたかったが、その前に先程のフードの案内役が部屋に入ってきた。
「ギルドマスターがお会いになられますのでこちらに」
「あの僕は仕事の依頼と情報を買いに来たんですけど」
「その前にマスターが是非挨拶をしたいと仰られるので。大変にお手数ですが」
申し訳なさそうな案内役の言葉にヤトは首をかしげる。この国に来たのは初めてであり、盗賊ギルドのマスターとは面識が無い。そもそも斬った盗賊は多いが生きている知り合いはかなり少ない。
理由がよく分からないが仕事を頼む手前、相手の不興を買うのは好ましくないので、今は黙って従うことにした。
二人が通されたのは先程の小部屋とは比べ物にならない上等な部屋だった。壁には金銀で装飾した刀剣が飾られており、円卓や椅子は全て細部にまで装飾の施された一級品。床には大陸中部の遊牧民が織った絨毯が何枚も敷いてある。
どれもこれもが並の領主では一つとて持つことの叶わない品ばかりだ。まるでここだけ王宮の一室と言われても、誰も反論出来なかった。
そして部屋の中央でふんぞり返る一人の女性。おそらくは彼女がこの部屋の主であり、盗賊ギルドのマスターだろう。
腰まで伸びた絹糸のように艶のある金髪。肩から二の腕まで露出した肌は白磁のようにきめ細かい。豊満な胸はそれだけで男を虜にするも、腰はコルセットを使わずとも引き締まって美しい。瞳は青空のように青くどこまでも透き通っており、唇は血のように鮮やかながらも白い肌によく似合った。これらだけでも万人が求めてやまない蠱惑的な容姿だが、もっとも特徴的な部位は耳にあった。
彼女の耳は常人より長く尖っていた。それはエルフか、エルフの血を引く者の特徴だった。
「ようこそ我がギルドに。私がマスターのロザリーよ」
声までも男を溶かすように妖艶かつ張りを感じさせた。
「ではマスター。僕はこれで」
「待ちなさいカイル。貴方もここに残りなさい」
カイルと呼ばれたローブの案内役は言われた通り、部屋の入り口で立っていた。ヤトとマオは促されて席に着いた。
簡単な挨拶を済ませると、ロザリーから話を切り出す。
「仕事の依頼でよろしいかしら?」
「はい。それと情報を仕入れてください」
「それは領主の館に捕らえられている方々の事?」
こちらが何も言っていないのに知りたい事を当てられてマオは驚く。対してヤトはこのぐらい事前に分かっていなければ頼る気にもなれないと冷静にギルドの情報収集力を分析している。
ロザリーの話では全員無事であり、サラは客室に軟禁されているが手荒な扱いは受けていない。アルトリウスも元から怪我人だったので剣を取り上げられただけらしい。使用人は一人が逃げたために監視付きで地下の物置に入れられているが、拷問の類は受けていない。
それを聞いたマオは、予想はしていたが確信が得られて心から安堵した。ここまでは無料でいいとロザリーは微笑む。
「では本題に入りましょう。お二人は―――いえ、そちらの剣士さんが領主の館に攻め入って人質を奪還すると考えてよろしくて?」
「そうなります。ついては盗賊ギルドから人員を借りたいんですが」
「困りましたね。確かに我々は時には荒事も扱いますが、館の私兵はいわば戦いの専門家。分が悪いかと」
断りはしないが、あからさまにロザリーは難色を示した。彼女の言う通り、盗賊ギルドは時に暴力で相手を屈服させるが、それは素人や対立する犯罪組織に用いるだけで、本職の戦士や兵隊相手をするには力不足である。
「僕も貴方達に戦ってほしいなんて思ってませんよ。僕が攻め入る前に街で騒動を起こしてもらいたいんです」
「そうして混乱している間に人質を奪還すると?」
「その前に領主の首を獲ります。あとは館に火を放つと、もしもの事があるので煙玉があれば売ってください」
「大言吐きですわね。その実力を証明するものは?」
「ここに来る前に傭兵ギルドで何が起きたのか知っているでしょうに。試すなら貴方の首でも構いませんよ」
ヤトの脅しと思えない殺しの宣言にもロザリーは薄く笑うのみ。正直ヤトはこの手の女性が苦手だった。一思いに殺せたらどれだけ面倒が少ない事か。
彼女はここのギルドに武の専門家が居ないと言ったが嘘である。盗賊ギルドは暗殺者も何人か保有しているのをヤトは知っていた。その手札を伏せたまま弱者を装って、こちらが油断するのを待っている。悪党の上に強かな連中である。
そんなヤトの内心をロザリーは見透かしていた。伊達で男を堕とす技術と肉体を持っているわけではない。同時にこの年頃の青年が自分の色香に微塵も惹かれないのを見せられて興味を抱く。
「それでは夜明け前にギルドが囮として騒動を起こします。あとは館の見取り図も用意しましょう。カイル、段取りは任せるわ」
「はい、か――――マスター」
何か言い間違いを慌てて訂正したカイルは準備のために退出した。
あとは情報提供料と依頼料の支払いだ。ロザリーより提示された金額は金貨二百枚。全て前金で求められた。
当然マオは着の身着のまま逃げてきたので一文無しだ。心苦しい彼女は目が泳ぐ。
「ではこれで」
そう言ってヤトは背負ったリュックをロザリーの前に投げると、ドスンッと派手な音を立ててテーブルが軋む。かなりの重量だ。
中身には傭兵ギルドの金庫から奪っておいた金貨が詰まっている。適当に詰めただけなので数は分からないが報酬よりはあるはずだ。
ロザリーも金貨の音とリュックの大きさから金額に足りていると気付いた。粗野だが豪気なヤトのやり方に好感を抱く。
「契約は成立しました。ご利用ありがとうございます。それとお二人には客室をご用意したします。ごゆるりと」
部屋の外で待機していた使用人に二人を案内させる。一人部屋に佇むロザリーは先程の若い剣士を想う。
「良いわね彼――――――」
その独り言が一体何を指すのかは本人しか分からなかった。
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