第8話 鬼の住処
大抵の大きな街には傭兵ギルドは置かれている。ダリアスの街にもそこそこ大きな支部があった。
いかにも質実剛健な建物に入ると、傭兵達の刺すような視線がヤトに突き刺さった。初顔への恒例行事に近い。
空いている受付は若い男性だった。基本的にギルド職員は傭兵経験者が多いが彼は明らかに荒事に慣れていない。完全に事務屋なのだろうが今回は問題ない。
ヤトは彼に傭兵ギルドの認識票を見せた。
「認識票を確認させてもらいますね。―――――名前はヤト。最後に仕事を受けたのはヘスティか。今日は仕事探しに来たの?」
「いえ、ちょっとここの支部長に報告があるんです。ヘスティで虚偽の依頼があったので」
「――――!詳しく話を聞きたいから応接室で待っててくれ。こっちだ」
傭兵ギルドは依頼者からの虚偽には極めて敏感である。元々命のやりとりを生業とする傭兵にとって、些細な情報の欠落や誤りが命取りになるのだから当然だろう。
ギルドとしても信用出来ない依頼者を顧客として抱えるのはリスクが大きい割に利益が少ない。契約書にも虚偽は明確に違反行為と明記されている。例え王だろうが虚偽の依頼を持ち込めば、ギルドは即座に対立する事も辞さなかった。それほどにギルドと顧客間の信用は重んじられた。
故に初顔のヤトでさえ支部の最高責任者への面会が許されるのだ。
二階の応接室に通されたヤトはほぼ待たされる事無くギルド支部長と対面した。支部長は目の窪んだ神経質そうな痩せ型の男だ。容姿は傭兵より書類仕事の得意な役人である。
「ダリアスの支部長のゲドだ。ヤトだったな、詳しく話を聞かせてもらおう」
ヤトも不必要に装飾された挨拶など興味の無いので彼の言葉に従い、簡潔にヘスティでロングから受けた依頼の顛末を話した。
「――――問題は把握した。困った事だ。正直私の手に余る」
ゲドは苦虫を噛み潰したような渋顔を晒す。
現在ヤトはギルドに所属していないが、同じように依頼を受けた傭兵の多くはギルドに所属していた。そのためロングが依頼を偽っていたのは事実であり明確な契約違反だ。
問題はこの事実をヘスティのギルド支部は把握しているかどうかだ。知っていて放置どころか、最悪最初から結託して傭兵達を騙していた可能性すらある。どれだけギルドが公正を掲げていても、権力者と癒着して便宜を図るギルド役員は居るものだ。
もしそうなら早急に調査の人員を送り、実態を把握せねばならない。事は国家間の戦争にも関わってくる。それが分かっているから支部長のゲドは不機嫌さを隠そうともしない。
傭兵にとって戦争とは稼ぎ時だが、必ずしも全ての傭兵が戦争を望むわけではない。なにせ本当に命が失われる可能性が高くなる。平時に安全に小遣いを稼ぎたいだけの堅実な傭兵からすれば迷惑でしかない。勿論立身出世や、危険だが高額依頼を望む傭兵も一定数居るが、割合としては安全志向の傭兵の方が多い。
『何事も命あっての物種』それも傭兵だ。ここの支部長もそうした傭兵の思考に近いのだろう。
とかく眉間に皺を寄せたゲドは情報提供をしてくれたヤトに謝礼を持ってくると言って中座した。
支部長が出て行ってから、ヤトは目の前に置かれた湯気の立つお茶を眺める。安物のカップに淹れた何の変哲もないお茶だ。
そのお茶には決して手を付けず、ヤトは無言で席を立って扉付近まで来ると、脇差を抜いて跳躍。天井付近に脇差を刺して、そのまま物音ひとつ立てずに中空へ留まった。
ほどなく部屋の外から微かに音がした。耳を澄ましてやっと聞こえる程度の音だ。
これは数名が音を殺してゆっくりと近づく足音や、鎧の金属同士がぶつかって鳴る音だ。
次の瞬間、扉が派手に蹴破られて吹っ飛んだ。そして間髪入れずに槍が勢いよく突き出されて、ヤトが座っていた椅子に突き刺さった。
「なっ!居ないぞ、どこだっ!?」
武器を抜いた傭兵らしき風体の男三人は部屋を見渡すが、誰も居ないことに戸惑った。
ヤトは無言で脇差から手を放して、扉に一番近かったウォーハンマー使いの腕を赤剣で両断した。
そして腕を斬られた男が悲鳴を上げる前に、低い体勢のまま膝のバネだけで前方へと跳躍。双剣の斥候女の両足を膝から横一文字に切断した。
ここでようやく最初に斬られた男が悲鳴を上げ、槍使いが咄嗟に右側から振り返るが、ヤトは既に死角になる左側に回り込んでいた。
「がっ!!」
槍使いの男は後ろから胴を貫かれた。腎臓の一つを貫かれ、想像を絶する痛みにより槍を取り落とした。
支部に絶叫が木霊するが、どうでもいいとばかりに放置して部屋を出た。
部屋の外には斬られた三人同様に、既に武装した傭兵達が十人以上でヤトを取り囲んでいた。一階のホールにも同じぐらいの傭兵がいる。それと包囲の一番外側には支部長のゲドが忌々し気に睨んでいた。
「くそっ!!なぜ分かった!?」
「お茶のカップに毒が塗られている事ぐらい初見で分かってましたよ。下手糞な小細工するから警戒されるんです」
「き、貴様っ!!殺せぇー!!そいつの首を獲った奴には金貨三百枚をくれてやる!!!」
嘲りを受けたゲドはいきり立って傭兵達をけしかける。ちなみに金貨三百枚は人一人が十年は遊んで暮らせる額である。
傭兵も報酬に釣られてやる気を滾らせた。ヤトも大勢に囲まれて不利な状況にあって薄笑いを浮かべている。それは決して強がりではなかった。
傭兵達はヤトを囲うも、じりじりと様子を伺うだけで襲い掛からない。部屋への奇襲を難なく捌き、同僚三人を倒した技量を警戒していた。
その警戒を見越してヤトはすぐさま動いた。
まず一足飛びに二階吹き抜けの手すりに乗り、そのまま反対に跳躍。壁を横に走って、包囲を脱した。
そして包囲の外で様子を伺っていた傭兵三人を背後から回転しながら横薙ぎに斬った。三人共仲良く足を斬られて倒れた。
ようやく残る全員が振り向いて襲いかかろうとするが、倒れた三人が邪魔をして二人が転ぶ。無防備を晒した間抜け二人を無慈悲に斬った。これで五人減った。
圧倒的な数的有利を物ともしないヤトに、既に戦意の萎え始めた傭兵達だったが、まだ諦めていない者も多い。それだけ大金は魅力に富んでいる。
さらにヤトは壁際にある調度品の壺を剣の腹で打ち付けた。壺は砕けて破片が勢いよく傭兵達に降り注いだ。
と言っても鎧で防御しているので大したダメージではないが、破片で視界を遮られたのが致命傷だった。その隙を抜いてヤトが急襲し、レイピアと戦斧を持つ二人が斬られて減った。既に傭兵は半数を割った。
「ひっ、ひぃ!!ばけものっ!!」
「コラ貴様ら逃げるなっ!!金が欲しいなら戦え!!」
ゲドの叱咤もむなしく、既に戦意を喪失した残りの傭兵は我先にと逃げ出し始めた。それを放っておいても良かったが、悪戯心の湧いたヤトは剣を拾い上げて吹き抜けの天井から釣り下がったシャンデリアに投げた。
剣は天上とシャンデリアを繋ぐロープを裂いた。そしてガラス製のシャンデリアは重力に従い、けたたましい音を立てて逃げ惑う傭兵数名を押し潰した。一階ホールは血の海になった。
二階に残ったのはゲド一人。彼は腰を抜かして失禁していた。
暗殺されかかった理由は薄々分かっているがどうでもいい。醜態にも何の感情も持たないヤトは無言で彼に近づく。
「や、やめろっ!来るな!私を殺してタダで済むと思うのかっ!!ギルド本部が黙っていないぞっ!!」
「どうでもいいですよ。邪魔なら全部斬って捨てるだけです」
どうせ強者と障害となる者は全て斬るだけだ。それ以前にこの男の言う事を本当にギルド本部が聞くのかすら定かではない。
これ以上戯言に関わる気の無かったヤトは剣を鞘に納めて、ゲドを横切って階段へと足を向けた。
―――――鍔鳴りがした。
見逃して貰えたと思ったゲドは心底喜んだが、顔面に走る違和感に顔をしかめた。違和感はすぐに激痛へと変わり、顔がまるごとベチャリと音を立てて床に落ちた。
ヤトがすれ違いざまに頭部から顔面だけを切り落としていたのだ。
絶叫と苦痛に呻く傭兵達の中にまた一人、ゲドが加わった。
ガラスと血が散乱する一階ホール。既に無事な傭兵は全員逃げ出しており、ここには僅かなギルド職員が机の下で震えながら災厄が通り過ぎるのをじっと耐えていた。
しかし災厄は自らの意思で机を覗き込む。ギルド職員は氷冷の瞳の鬼人と視線を合わせてしまった。
(こっ殺される!!神様!!)
最初にヤトと話をした若い受付は全霊で神に助けを乞うた。そしてそれは神ではなく、鬼の思惑で聞き届けられた。
「受付さん。ちょっと案内してほしい場所があるんですけど」
「――――は、はい」
恐怖で脳がぐちゃぐちゃになっていた若い受付はヤトの言われるままに机の下から這い出て、ギルドのある場所へと剣鬼を案内した。
彼は武器を持たず、敵対もしなかったために生き延びた。
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