第6話 狂乱の夕餉



 二つの三人組は今度は一つのテーブルに移って改めて食事を再開した。


「私はドロシー、そっちのお嬢ちゃんと大食い競争してるのがスラーだよ」


「僕はヤトです。あちらがクシナさんといいます」


「僕はカイルだよ」


「これはご丁寧に、あたくしは薬士のヤンキーと申します」


 一通り自己紹介が終わった六人はそれぞれ好きな料理や酒を飲み食いしてリラックスしている。ドロシーとヤンキーは他の面子に断りを入れてから煙管を吹かす。


「それで、あんたらのお目当ても遺跡かい?」


「正確には僕だけですよ。カイルも財宝は欲しいでしょうが本命は情報ですし、クシナさんは宝より食べ物のほうが好きですから。そういう貴方達は?」


「あたくし達は純粋にお宝目当てですよ。あとは少しばかり世の中を面白おかしく楽しみたい集まりですね」


 ヤンキーが――――アポロンのサラ王女のような混血とは違う純血の獣人だ――――狐面の髭を揺らして飄々と笑う。それにドロシーも頷く。もう一人の狸人のスラーはクシナに対抗して一生懸命ミートパイを咀嚼している。実に楽しそうだ。


「でもさ法と秩序の神様って神官もお堅い事しか言わないイメージがあるんだけど」


「そうでもないよエルフの坊や。神官だって霞を食べて生きてるわけじゃないし結構生臭いものよ。まあ、その中でも私は一等変わり者なんだけどね」


 カイルの指摘にドロシーは様々な感情を含んだ笑みを向ける。まだ幼いカイルには彼女の内面は読み取れない。

 そしてヤトは戦闘者として食事を取りながら同席する三人の一挙手一投足を観察する。

 ドロシーは服装からして神官だろう。肉体的にはあまり鍛えている様子は無いので武僧兵ではない。信仰する神から魔法を授かっている可能性はあるが現段階では分からない。テーブルに立てかけた錫杖は儀礼的な拵えで殺傷用には向かないが、服の不自然な膨らみと若干ズレた体幹から体のあちこちに武器、おそらく暗器を隠していると予想する。

 クシナと張り合って互いに一枚のピザの端と端に噛り付いているスラーは見た目から筋肉自慢の獣人だろう。この手の輩は珍しくない。腰の一組の鋼鉄製ガントレットから肉弾戦を得意としており、纏う鉄製の重鎧から二人の盾として前に立つ役目も担っていると見て間違いない。技量はそこそこのレベル。

 問題は隣に座っている狐人のヤンキー。この薬士は常に腰が低く飄々とした態度を崩さないが、その実こちらを観察して一定の警戒をしている。ヤトは薬について素人でしかないので彼がどのような薬品を扱うのか見当もつかない。仮にこの三人と戦う場合、最も警戒しなければならないのはこの狐人だと直感している。

 ヤトは三人の純粋な強さはそれほど高くないと結論付けて、さして戦う意義を見出せないので余程の利益対立が無ければそれなりのお付き合いを維持する程度で済ませようと思った。

 ともかく大食い競争している二人を除いた四人は食事をしながら軽い世間話をしていた。途中ドロシーは強い蒸留酒を、ヤンキーはエールのお代わりをもらう。

 ヤトは単に当てもなく旅をする傭兵、カイルは自分の故郷を探している盗賊とだけ伝えた。それとクシナは古竜であるのを伏せたまま、最近ヤトと知り合い夫婦になって付いて来たとだけ教えた。


「へぇ、そこの所をもう少し詳しく知りたいねぇ。女として色恋沙汰は興味あるよ」


 ドロシーが口元の笑みを隠しもせずに問い詰めるが、ヤトはそれを曖昧な返事で先延ばしして代わりにドロシー達の来歴を尋ねる。


「私は神殿暮らしに飽きて根無し草の冒険者をやってる変わり者さね」


「あたくしはそのお嬢と家ごとお付き合いのあるしがない薬士でして、惰性で付き合って旅しているだけですよ」


 ドロシーもヤンキーも嘘は言っていないのだろうが、あまり深く込み入ってほしくないので程々の部分だけを語っているのが分かる。なおスラーは元々日雇いの土木工事をしつつ暇な時に力自慢の大道芸をして日銭を稼いでいた所をドロシー達と知り合ってそのまま仲間になったらしい。多分彼だけはこの説明が全てだろう。

 互いの来歴を聞いた後、最初に質問をしたのはカイルだ。彼は二人に今日の遺跡探索がどのような冒険だったのかを聞きたかった。それはお宝以上に斥候技能を持つ者としてどのような罠や仕掛けがあるのかを事前に知っておきたいと思ったからだ。

 カイルの質問に答えたのはヤンキーだ。彼は三人の中で最も感覚が鋭く、手先の器用な男ゆえにパーティの中で斥候役を任されていた。


「そうですねぇ、罠の類は遺跡によくある物ばかりですよ。落とし穴、吹き矢、落石、飛び出し槍、回転ノコギリ、毒ガス。そうそう、壁に回転扉なんかもありましたね」


「今日のお宝はその回転扉の先の隠し部屋で見つけたのさ。いいかいエルフの坊や、上等な宝が欲しかったら大胆かつ慎重に探しなよ」


「うん、分かったよ」


「ところで魔法仕掛けのゴーレムやガーディアンの類は居ましたか?」


「今まで探索した範囲では見かけてませんね。ですが居ない保証はしかねます」


 ヤトの質問にヤンキーは首を横に振って否定しつつも確証はしなかった。

 ゴーレム及びガーディアンは魔法技術によって造られた命無き人形である。主の命令に絶対忠実、例えその身が砕けようとも必ず命令を遂行するように作り上げられた道具だ。

 現在は製造技術が失われつつあり、街中で見かけるようなありきたりな存在ではないものの、古い遺跡には時折稼働状態のまま放置されて既に居なくなってしまった主の命令を忠実に護る哀れな個体が侵入者である探索者やトロルのような亜人を歓迎していた。

 もし遺跡でこのような守護者と出くわした場合、即座に逃げ出すことをお勧めする。彼らの多くは並の戦士では傷すら付けられないアダマンタイトやオリハルコンのような朽ちぬ金属の鎧に護られながら、静寂を乱す者を分け隔てなくただ無機質に殺す。愚直な人形には命乞いも詐術も無意味だ。

 仮に倒せれば大量の魔法金属や核となる貴重な珠玉は高値で売れるだろうが相応の達人でなければ捕らぬ狸のなんとやらだ。命を天秤にかけて選択を迫られるに違いない。


「ここの遺跡は結構大きいからね、しかも金満ドワーフの鉱山都市だから居ると思った方が良いさね。それと不死者やゴーストもウヨウヨいるから気を付けなよ」


「げっ!あいつらと戦うの嫌なんだけどなぁ」


 カイルが露骨に顔をしかめる。ドロシーの言う不死者やゴーストとは神官の冥福を受けなかった未練を持つ死者が成仏せずに現世に留まった悪しき存在である。彼らは己の境遇を呪い、生者を羨み妬んで害をなす存在に成り果てた。こうした怪物は無縁墓地や戦場跡にもよく出るし、遺跡にもしばしば現れては探索者を殺す。

 これらを退治するには神官の祝福を受けるか、神殿で清めの聖水を手に入れて振りかける、または特殊な魔法具を用いるか、しなければならない。対抗手段の限られる相手ゆえにカイルは嫌がったのだ。


「聖水が欲しいのなら幾らか手持ちがあるから売ってやってもいいよ。これでも神官だしね」


 ドロシーがニヤつきながら懐から取り出した小瓶を揺らす。さすが神官だけあって当然のように聖水を持っている。気になる価格は神殿で買うのより少し割高だが、市場でぼったくりの値段で道具を売る商人に比べれば遥かに良心的な値段だ。ヤトとカイルは彼女に礼を言って聖水を融通してもらった。

 商談を済ませた四人をよそに、粗方料理を食べ終えたクシナとスラーは追加で頼んだ大量の果実のコンポートを争うように貪っていた。


 そして六人は適度な距離感を保ちつつ友好的な食事の時間を過ごしてお開きになった。なおヤンキーが言うにはスラーと大食いで引き分けたのはクシナが初めてだそうだ。


「じゃあお互いに良い冒険を」


「ええ、貴方達も」


 二つの三人組は和やかな雰囲気のまま互いの明日が良いものとなるように願った。


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