第5話 同じような三人
無事に手続きを済ませた三人は多少早い夕食を取るために宿屋近くの食堂に入った。夕食にはまだ早い時間だったので空いているかと思ったが、既に席は半分以上埋まっており、客の多くは酒瓶を抱えてかなり出来上がっていた。それも陽気さとは無縁で憂さ晴らしに飲んでいるのが一目で分かった。
ヤト達は空いている席に就いて店の年配の女中に食事を頼んだ。彼女は三人が頼んだ食事に顔を引き攣らせていたが、すぐに動揺を隠して何事もなかったかのように厨房に知らせる。
先に注文した飲み物が来たので三人でそれぞれ口につける。中身はリンゴを絞ったジュースだ。
「おおー酸っぱいが甘くて美味しい!」
「喜んでもらって何よりです」
クシナが嬉しそうにくぴくぴジュースを飲むとヤトの顔が綻ぶ。
古竜である彼女は人類種が作る料理や加工食品に強い興味を持ち、村や町で興味を持った食品は手当たり次第手を出して健啖家のカイルと張り合っては美味しい料理を楽しんでいる。ヤトはそんな伴侶の楽しそうな姿を見るのがとても好きだった。
しばらくジュースで時間を潰していると新しい客が入ってきた。奇しくも新客はヤト達と同様に女一人に男二人の三人組だった。
三人組はヤト達のすぐ近くのテーブルに陣取って上機嫌に酒と料理を注文する。
女は20代後半の背の高い人間。法を司る神官服を身に纏いつつも荒事を済ませたような冒険者風の出で立ち。そして荒々しさに似合わないよく手入れされた長い金髪に濃い化粧をしていた。年増だが美人と言って差し支えない。
男の一人は太った巨漢の獣人。熊人のように見えるが愛嬌のある顔立ちから狸人だと分かる。腰には血糊の付いた鋼鉄製のガントレットを一組吊るしている。
もう一人の男も獣人。こちらは狐人で、もう一人の男と対照的に精悍な顔つきに煙管を咥えている痩身の伊達男。酒と料理の匂いが混ざり合った食堂でも分かるほどに彼からは薬の臭いが漂っている。
三人は先に酒で乾杯して飲み干すと、おもむろに荷物をテーブルに置いた。そして彼らが袋から中身を出すたびに周囲からは感嘆と嫉妬の声が上がる。
「うわっすごっ!」
カイルも周囲と同様に声を上げた。視線の先には黄金の燭台、宝石を纏う煌びやかな酒杯、純銀の水差し、細部にまで透かし彫りの入った金箔仕立ての小箱、名匠によって極限まで磨き上げた銀の鏡、純金のフォークやスプーンが数十本。あるいは赤、青、緑、黄、紫など大粒の石の嵌った指輪やそれらを繋ぎ合わせたネックレス。金の髪飾り以外にも極小の水晶を数百は集めて嵌め込んだティアラなどなど。
食堂の心許ないランプの光の下でさえ輝きは何ら損なわれず、見る者全ての目を眩ませる至高の財宝が山のように積まれた。
「いやー三日目でようやく大魚が釣れたねぇドロシー様。あたしゃこのまま手ぶらで投資金が返ってこないかとヒヤヒヤしてたよ」
「あんたは相変わらず心配性だねぇヤンキー。私は大丈夫だって何度も言ったよ。ねっ、スラー?」
「それより飯はまだですか。おいどん、腹が減って死にそうなんです」
黒毛の狸人の情けない空腹宣言に後の二人は噴き出した。彼らは今日遺跡に潜り宝を持ち帰った生還者にして成功者なのは疑いようもない。
カイルは煌めく宝に目が行き落ち着かないが、頼んだ大量の料理が運ばれるとすぐにそちらに興味が移り、真っ先にフォークで熱々のソーセージを突き刺して頬張る。クシナも負けじと血の滴る骨付き肉の塊に大口で齧り付き、骨ごと噛み砕いては周囲を驚かせる。そしてヤトはマイペースに鶏肉の塩焼きを丁寧に食べていた。
この街は山地にあり牧畜が盛んで肉が主食だが、近くに湖と川もあるので魚も食べられる。そうした肉料理と魚料理がテーブルに乗り切らないほどに乗せられていても小柄な女子供二人が次々と胃に収めて皿を空にしていく様はある意味異様である。
和気あいあいと食事を楽しむヤト達。成功を収めて上機嫌なドロシー達。そんな面々を忌々しく思っている一人が立ち上がり、怒りに満ちた顔でドロシー達にずかずかと近づく。
「おうおう!てめえら調子づいてんじゃねーぞ!!なんでお前らみたいなのが遺跡には入れて俺達が足止め食らってんだっ!!ああっ!?」
いきり立って怒鳴り散らす髭面の男にドロシー達は呆れと侮蔑が顔に浮かぶ。おそらく髭面は前もって許可証を手に入れずにこの街に来てから許可証を申請して入手待ちで燻っている一人だ。昼間見たように毎日数百人が列を成していれば街の役所がどんなに急いでも証を発行するには暫くかかる。その間ひたすら待たなければならず、同業者が宝を手に入れてどんどん成功している姿を見続けるのはかなりのストレスだろう。
だからと言って成功者に不満をぶつけるのは筋が通らない。せっかくの良い気分をぶち壊されて言い掛かりを受けるドロシー達が軽蔑するのも当然だ。そんな当たり前の道理も分からない男だからこそ、自分が嘲りを受けているのも納得いかず暴力に頼って相手を従わせようとする。
髭面が近くの椅子を抱えて財宝を満載したテーブルに叩きつけようと振りかぶるが、その瞬間に狐人のヤンキーが煙管から紫煙を吐いた。髭面はたまらず咳込んで椅子をあらぬ方向に投げてしまう。
しかし椅子は運悪く近くのヤト達のテーブルに突っ込んでしまい、料理を滅茶苦茶にしてしまった。クシナは床に散らばる御馳走の数々を悲しそうに見つめ、そして彼女の美しい顔には段々と怒りが宿り、手の中の牛骨がボキボキと音を鳴らして砕けた。
「クシナさん、料理は頼みなおしますから軽く撫でるだけにしてください」
ヤトの言葉に彼女は無言で頷いてから立ち、食事を邪魔した男のそばに立つ。
「あん?なんだお前。取り込み中だからあとに――――おぼぅ!!」
クシナが男の脇腹を軽く小突くと情けない悲鳴を上げて跳ね飛ばされた後に壁に叩き付けられて、陸に上がった魚のようにビクビクと痙攣し続ける。口からは血の混じった泡を吐いていた。
これには髭面の仲間も黙っておらず、二人がクシナに詰め寄るも、一人は腕を掴まれて放り投げられて壁にめり込み、もう一人は胸に頭突きを食らって血反吐を吐いて仰向けに倒れた。食堂に沈黙が生まれる。
「すみません、これ片付けて代わりの食事をお願いします」
「ふん、儂の飯の邪魔をするからだ」
マイペースなヤトとクシナ。それとカイルが動かない三人の懐を探って財布から金を抜き取った後に男達を店の外に捨てた。
三人の動きを見たドロシーは大笑いした後に親しげに話しかける。
「気に入ったよ、あんたたち。私から一杯奢らせてもらうわ」
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