第4話 奇妙な女
ヤト一行がグラディウスの街の盗賊ギルドを訪れてから三日が経った。
この日の昼には目的地であるバイパーの街に着いていた。
本来ならグラディウスの街からバイパーの街まで歩いて十日はかかる距離だが、反則的な手段で旅の行程を二日に短縮していた。
反則とは竜の姿に戻ったクシナに運んでもらう事だ。地上を徒歩で進むより圧倒的に速い空の旅によって、人目に付かないように多少遠回りしても、二日で目的地にたどり着く事が出来た。おかげで腕に掴まれていた馬は酷く怯えてしまったが、短縮した時間の価値は極めて大きい。
その証拠にバイパーの街の正門には多くの旅人や冒険者の姿が見える。これらの殆どが見つかった遺跡を目当てに一山当てようと集まって来た者達だ。
これがあと五日も遅かったら、おそらく山師も数倍になって宿すら確保出来なかったかもしれない。クシナ様々である。
その甲斐あって一行は街の中でも上等な宿屋に長期滞在できた。宿の名は『岩竜の寝床』である。竜であるクシナに似合う宿だった。
宿を確保して憂い無く街を散策する三人。
「しかしここは前の街以上に二本足でゴチャゴチャしているな」
「その中には僕達も居るんですけどね」
「みんな一獲千金を求めて集まって来てる冒険者だよ。そして冒険者相手に金を儲けようとする商人もあちこちから来てるんだ」
カイルの言う通り、表の通りには隙間も無いほどに露天商が商品を道に並べて調子の良さそうな声で冒険者の客を相手にしている。
「ツルハシにロープ。松明のセットだよー!遺跡に行くなら絶対必要だよー!」
「クスリ―、クスリはいらんかねー!傷薬、解毒薬、気付薬、包帯。何でもあるよー!」
「保存食はウチが一番安くて美味いよー!他のはとてもじゃないが、食べられた物じゃないよー!」
「オッサン、もう少し安くしろよ!なんでロープ一本がこんなに高いんだよ!」
「要らんのなら他所に行きな!けど、今の街じゃどこも似たような値段だぞ」
「足元見てんじゃねー!」
商人と客らしき冒険者がいがみ合いながらも値段交渉に熱を上げていた。
そんな光景が通りで数十は見かけられる。
実際ヤトやカイルからすればバイパーの商人達が並べた品は食料品を除いて恐ろしく高い。何せ一行がグラディウスの街で揃えた遺跡探索道具の価格の五倍から十倍は高いのだ。冒険者達が文句を言うのは正しい。
しかし正しいからと言って、儲けるためにはるばる遠方からやって来た商人達が譲る事などあり合えない。
結局、冒険者は商人の口には勝てず、不本意ながら僅かに値引きしたぼったくり商品を買う羽目になった。
冒険者は知っていた。高いからと言ってここで何も買わずに遺跡に潜れば命の危険が飛躍的に増す。だからここは命の値段と無理矢理納得して買うしかなかった。
それでも買い物客がひっきりなしに道具を揃えるのはそれだけ手付かずの遺跡にはお宝が溢れんばかりに眠っているのを知っているからだ。盗賊ギルドの情報では、この街の鉱山奥にはかつてミスリル精製によって莫大な財を成したドワーフの都市が眠っている。
ミスリルはオリハルコンやアダマンタイト同様に武具に適した魔法金属で、その価値は鋳造しただけのインゴットでさえ黄金の三倍の重さで取引される。さらに鍛冶に長けたドワーフが鍛えた上質のミスリル製武具なら重さに対して金の十倍の値が付く。もし発掘したならナイフ一本でさえ金貨百枚超で買い取ってくれるだろう。
だから冒険者達は道具が多少高くついても後で余裕で取り返せると楽観視して先行投資をしている。中には借金をしてでも資金を用意して来た者もおり、街は混沌期にして絶頂期と言えた。
三人はごった返す街中を腕で人垣をかき分けるように進み、ようやく目的の場所にたどり着いた。
そこは街の広場に幾つかテントを張っただけの露天商の集ったような市場のように見える。道中見かけたような多数の冒険者たちがざっと数百人が白いテントに向かって列を成していた。ここが門衛から聞いた遺跡探索の仮設事務所である。
ヤト達は列自体には関心を示さず、近くで列の整理をしていた職員の若い男に話しかけた。
「仕事中すみません、ここが遺跡探索の申請場所ですか?」
「そうだよ。あんたらも行儀良く列に並んで順番を守ってくれよ。でないと探索許可は出さないから」
「許可証はもう別の街で譲ってもらったので名義変更だけしたいんですが」
「変更手続きならあっちの赤いテントが担当だからそこで事務処理をしてもらって」
男が指差した先には数名が並んでいる人気の無い赤いテントがある。軽く礼を言って赤いテントに向かった。
赤のテントは先客が一組居るだけで閑散としている。しばらく待っていると先に手続きを終えた男女の二人組とすれ違った。
男のほうは三十歳前後、この辺りではあまり見ない褐色の肌と濡れたカラスのような艶のある黒髪、鋭利な刃物を連想させる細く整った顔立ち。長旅によって幾らかくたびれた黒い外套の下には大陸中部の民が好む意匠を施した革製の上等なベストを纏うも、服の上からでも引き締まった鋼のような肉体が見え隠れしている。腰のベルトには金属製の短杖を差していた。
女のほうは顔を半分以上頭巾で隠しており口元しか分からないが、皺の有無からおそらく四十歳は超えていないと思われる。地に足が着きそうな長い裾の法衣のような服を纏い、手には細部にまで凝った細工の施された遊環付きの錫杖を握っている。一見すると女神官に見えるが、ヤトもカイルも服装から彼女がどの神に仕えているのか分からなかった。
三人と二人組は無言ですれ違うかと思われたが、法衣の女のほうがすれ違った後に立ち止まって鈴の音のようによく響く上品な声を投げかけた。
「変わった取り合わせね貴方達……まるで御伽噺の中から出てきたみたい。縁があればまた会いましょう」
彼女は言いたい事を言って連れの男と共に人ごみに消えていった。
「何だったんだろうね、あの二人」
意味深な言葉を残して去った男女に首をひねる。確かに自分たちは亜人の女子供と優男という、一見して遺跡探索とは関わりの無い集団だ。そこまでは女の言う通り変わった組み合わせと言えるが、エンシェントエルフであるカイルを除いて御伽噺から出てきたとは言い難い。果たして女の言葉はなんの意味があるのか。
「また会った時にでも聞いてみたらどうですか?僕はもう一人の男のほうに興味ありますし」
「アニキが興味って、さっきの人強いの?」
弟分の質問にヤトは笑みを浮かべながら無言で頷く。カイルは初見で相手の強さを推し量る術は持っていないが、こと強さにかけて兄貴分が違える筈が無いのを嫌というほど知っているので異論は挟まなかった。
精々今出来る事は無用な敵対をしないよう再会した時にある程度友好的に接するように心がけておく程度だろう。
気を取り直した三人はテントの中で書類と格闘している事務員に盗賊ギルドから手に入れた遺跡探索許可証を渡して要件を伝える。事務員は許可証の紙質、文面、押印を丹念に調べて偽物でない事を何度も確認してから改めて手続きに入る。
「ところでパーティの代表者はどなたです?一枚の許可証で探索出来るのは五人まで、途中で人が入れ変わっても構いませんが、代表者だけは固定ですから」
「アニキがやってよ。僕はこのなりで嘗められるし、クシナ姉さんは問題外だし」
カイルの言う通り他に選択がない以上、リーダーに向かないと分かっていても自分がやらざるを得ない。ヤトは書類に必要事項を全て記入して事務員に提出した。
書類に不備が無い事を確認した事務員は許可証を一部修正してヤトに返却した。これで気兼ねなく鉱山の遺跡探索が出来る。
ふと気づけば日は幾らか傾き、あと数時間もすれば日没だ。今から遺跡に行くのは半端な時間なので、今日のところは食事を取って明日に備えるべきと三人の意見は一致した。既に先程の女の事は誰も気に留めなかった。
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