第15話 アポロンの騎士団
―――――――翌日。
城の居候になったヤトは、早速城にある騎士団の鍛錬場に顔を出していた。
騎士たちは見慣れない青年を不審に思って身分を問うと、ヤトは懐から一枚の羊皮紙を出して見せた。
紙には何時でもどこでも戦いを許可する文章と王の印が記されていた。交戦許可証とでも称すればいい。
唐突にそんな許可証を見せられては騎士達も困惑するが、確かに王の印があるのでヤトを無下には出来ない。
困っていた騎士達だったが、奥で鍛錬をしていたアルトリウスが同僚に詳しく説明すると彼等は色めき立つ。
昨日の今日でまだ知らない者も多いが、ヤトが同僚の騎士を殺した王女襲撃犯の一人だった事が知れ渡り、明らかな敵意と殺意を抱く騎士が出てくる。無理もない。
そして憎悪を抱く騎士の一人が、ヤトを睨みながら戦いを申し込んだ。彼は騎士の中では年少であり、ヤトと年がほぼ同じ頃合いだ。まだ17~18歳程度だろう。
ヤトは彼の申し出を受け入れて、二人は鍛錬場の一角に移動する。
二人とも自分の得物に合った模擬剣を手にして向かい合った。
「そういえば名前を名乗っていませんでした。僕は―――――」
「煩い黙れ!これから死ぬ下郎の名前など聞く気はないっ!!」
名乗りを遮る怒声。向かい合った若い騎士は、憎悪に燃える双眼をヤトに叩きつけた。周囲の騎士の一部は彼を落ち着かせようとするが、観衆の大半は無言で彼を支持していた。
唯一アルトリウスがヤトに声をかける。
「ヤト。彼――ネロはお前が殺した騎士の一人の弟だ。怒る理由は分かるな」
「ああ、そういう事ですか。ではさっさと始めましょう」
身内を殺された騎士の憎悪などどうでもいいとばかりに木剣を構える。それが何よりも許せなかったネロはただ感情のままに剣を突き出すが、その前に横に躱していたヤトには掠りもしなかった。
そして後ろに回り込まれたネロは木剣の柄で首を打ち据えられて派手に倒れこんだ。
彼は声も出せないほどに悶絶した。
「そ、それまで!」
「――――他に敵討ちをしたい人、誰かいませんか?」
ヤトは倒れたネロを一瞥すらしない。問題外にもほどがある。敵討ちというので義理で付き合ってやっただけだ。
ネロが担架で運ばれると、今度は赤い髪を逆立てた壮年の騎士が訓練用の木槍を手にヤトの前に立つ。彼も仲の良かった同僚を想い、仇を討つために槍をとった。
通常、槍の間合いは剣の三~四倍はある。つまり槍は剣を一方的に攻撃可能な兵器である。
戦場において弓と槍が兵士の主兵装として活躍するのは道理であった。
そしてそれは騎士の戦いにもある程度通用する道理である。
騎士の槍と対峙するヤトは先程のネロの時とは異なり、少しはまともな相手と戦えそうで幾分笑みが伺える。
先に仕掛けたのは槍の騎士。圧倒的な距離を活かしてヤトの鳩尾に突きを繰り出す。幾ら木の穂先でも当たり所が悪いと死を招く。狙いはそこだ。
彼は訓練中の事故として仲間の仇のヤトを殺すつもりだった。
しかしその目論見はヤトに容易く見破られていた。彼は騎士の殺気が急所の鳩尾に集約しているのを逆手にとって、身を低くしながら直進。殺意の籠った穂先を余裕で躱す。
相対距離の縮んだ両者。その上で最も近づいた騎士の槍を握る左手に、限界まで伸ばした片手に持った剣で斜め上へ切り上げた。
皮手袋の上からでも指の骨が折れた感覚が分かった。騎士は槍を落として折れた左手を抱える。
「次、面倒ですから三人ぐらい纏めて来てください」
短く退屈そうに言うヤトに、騎士達は面子を傷つけられたと感じて我先にと名乗りを上げた。
―――――――――一時間後。
鍛錬場に居た騎士達の半分は医務室に担ぎ込まれていた。誰も彼もがヤトと戦って返り討ちにあった。対してヤトも汗をかいて疲労の色が見え隠れしている。流石に熟練の騎士相手に休み無しの戦いは辛い。
正確には殺さないように加減をしながら戦うのが疲れるのだ。最初から一思いに殺せるなら、疲労は今の三割程度まで抑えられた。
ここまで戦えば残る騎士達もヤトが恐ろしく強いのは嫌でも理解出来ただろう。同僚を殺された恨みを忘れたわけではないが、その強さには敬意を持ち始めている。
ヤトがアルトリウスから渡されたタオルで顔を拭いていると、鍛錬場に拍手が響き渡る。
手を叩いて新しく入ってきたのは顎髭を綺麗に整えた二十歳半ばの黒髪の偉丈夫だ。騎士の装いに似ているが、それよりも細部に拘った上等な服装を纏っている。
「ヤト、あの方はこの国の第三王子のランスロット様だ。騎士団の団長でもあらせられる」
「それは実力で得た地位ですか?それとも血筋だけ?」
「聞こえているぞ。まあ両方と言ったところだ」
ヤトの不遜な物言いはランスロットの耳に入っていたが、彼はあまり気にすることなく答えた。
騎士団長は武の象徴であり同時に管理職でもある。個人の強さより実務能力や団の運営能力が求められるので、国によっては文官肌の騎士が務める事もあった。あるいは王の身辺を護るので信頼する血族を据える事も多い。
ランスロットもそんな一人だろうが、本人の言葉が正しければ相応に実力があるのだろう。彼の身体を観察すると、長身と鍛え抜かれた筋肉は、それだけで絶え間無い努力が垣間見えた。
「お前が父の言っていたヤトか。うちの騎士が束になっても敵わぬとはな」
ランスロットは驚きと共にヤトの実力を認めたが、それ以上に部下の不甲斐なさを嘆く。
どのような職にも面子というものがあるが、戦闘職はそれがより強い。にも拘わらず一介の傭兵に国の武の象徴である騎士が、まるで歯が立たないのは到底許せるものではなかった。
故に責任を取らせる者が必要になった。
「モードレッド!この惨状は騎士が怠けていた証拠ではないのか!」
「はっ!騎士団の指南役として忸怩たる想いです!」
「ではどうする?」
「騎士団全体を引き締めるため全員に再教育を施します!!」
「よかろう!明日の朝までに教育計画の草案を私に提出せよ!」
指南役の騎士モードレッドは数名の騎士を引き連れて、駆け足で鍛錬場の隣の事務所へと消えた。
ランスロットはヤトをじっと見つめる。そして疲れたヤトを労うように執務室での茶を勧めた。
断っても良かったが、既に戦う雰囲気ではなかった事もあり、今日の所はここまでとしてランスロットの提案を承諾した。
二人が鍛錬場から去った後、残された騎士達は自分達の弱さを恥じ、自らを鼓舞するように我先にと鍛錬を始めた。
執務室に招かれたヤトはランスロットの対面の席に座る。暫くすると騎士見習いがお茶を持ってきた。
二人はお茶に口を付ける。そして先にランスロットから話を切り出した。
「――――お前とうちの騎士とでは何が違うのだろうな」
「才能と、実戦経験と、鍛錬の時間です」
「はっきりとモノを言う。だが、おそらく正解だろう」
ランスロットは権謀術数渦巻く王宮という場所が嫌いだったので、歯に衣を着せないヤトの物言いが好ましかった。
ヤトの言う通り、強くなるには今挙げた三つの要素が大きい。そして才能を除いて、城の騎士はその二つが欠けていた。
実戦経験は命を懸けた戦場が久しく、十年以上在籍する中堅騎士を除いて盗賊や亜人退治ぐらいしか実戦経験が無かった。
鍛錬の時間も、騎士はヤトに比べて少ないと言わざるを得ない。彼等は戦闘職であったが同時に支配階級であり、礼儀作法の習得に時間を割きつつ交友関係を維持して、残りの時間を鍛錬に回さなければならない。
それこそ金がある間は、寝ている時間以外を全て鍛錬に費やせるヤトと時間の使い方が違い過ぎた。その差を埋めるのは騎士という地位には非常に難しい。
「傭兵になって何年ぐらい経つ?」
「――――四年ぐらいですね。十三の時に生まれた葦原を出ました」
「随分と若い時だな。ところで腰の剣は生国の作品か?出来れば見せてもらえないか?」
ヤトは特に気にせず赤剣を渡して彼の望みを叶えてあげた。
鞘から引き抜かれた僅かに反りのある赤い直剣。ランスロットは少し驚くと同時に、剣の出来栄えに感嘆の息を吐く。
「私も東剣を一振り持っているが、この剣は両刃だな」
ランスロットの言う『東剣』とは、ヤトの故郷である大陸東端の葦原の国で鍛えられた剣の事だ。
一般に東剣は片刃で大きく反った形状をしている。片手で振るには重く、両手で扱うので盾が使えず、熟練の戦士に向いた玄人向けの武器だ。中でも業物は魔法がかかっていないにも拘らず、魔法剣に匹敵する鋭い切れ味を有した。
ヤトの赤剣は見るからに業物な上、魔法が付与した極上品と言ってよい。一介の傭兵には過ぎた代物だった。
「まだ葦原の剣が今の形状になる前の時代に打たれたと聞いています。多分五百年ぐらい前の作品ですよ」
「うちの王家の倍近い時を経た剣か。だが、これはまるで魂を吸い取られそうな魔性を宿しているな」
「鋭いですね。それは魂を喰らいますよ」
「ははは。脅さなくとも取ったりはせんよ」
ランスロットはヤトの言葉を、剣を取られたくないための脅しと受け取った。そして言葉通り、取ったりはせずに鞘に納めて本来の主人に返した。
二人は少し冷めたお茶を飲む。そして喉を潤したランスロットはヤトに今後騎士がどうすれば強くなれるかを尋ねた。
「実戦経験を積みましょう。生まれ持った才能はどうにもなりませんし、今から鍛錬時間を延長しても限度があります」
「だが、実戦の機会はそう簡単には得られんぞ。出来ればヘスティとの戦争前に何とかならないものか」
「そもそもまだ戦争になるとは限らないのでは?貴方の父の国王は戦いより平和を望んでいるようですが」
「戦が起きてから慌てては遅いのだよ。早急になんとかせねば」
一軍を預かるランスロットの危惧は理解出来るが、無い物ねだりをしたところで、すぐに欲しい物が手に入るわけではない。
そもそもヤトから言わせれば、騎士の多くは殺しの経験が少な過ぎる。特に十代の若手騎士はまともに人を殺した経験すらあるまい。これは戦争以前に人の死に慣れさせる事から始めねばどうにもならない気がする。
そこでヤトは閃いた。要は人や亜人でも殺して経験を積ませればいい。
「罪人に武器を持たせて、騎士と戦わせましょう。罪人は勝てば無罪と言えば命懸けで戦います」
ヤトの提案にランスロットは目を瞑り、長い沈黙の後、目を開いて頷いた。
「褒められた手段ではないが、背に腹は代えられない。助言に感謝する」
「いえいえ、今後も顔を突き合わせる仲ですから、知恵ぐらいはお貸ししますよ」
殊勝な事を言うヤトだったが、彼はお人好しでも何でもない。
騎士達がもう少し強くなってくれた方が、今後も模擬戦をするから少しは戦い甲斐が増せばいいぐらいの感覚だった。つまるところ自分のためでしかないのだ。
しかし、それでも一つの回答を得られたランスロットはヤトに礼を言い、今後も時間があれば騎士達と模擬戦をしてほしいと頼んだ。
アポロンの騎士には心証最悪だろうが、得る物がある以上は拒否は出来ない。
両者の交流は今後も続いていくだろう。
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