第16話 奇妙な少女



 ヤトが王城の居候になってから半月が経った。

 その間、ヤトに特筆すべき事柄は何もない。彼は平穏な日常を過ごしているに過ぎない。

 そう、毎日のように騎士団の鍛錬場に顔を出しては、未熟な騎士達に手ほどきをして、適度に汗を流しているに過ぎなかった。その結果、騎士達の大半が医務室の厄介になっても、それは彼等の腕が未熟なせいだ。

 彼等とてヤトと模擬戦を繰り返す事で、この短期間でも技量が向上しているのだから、文句を言うほど面の皮が厚くない。ヤトも久しぶりに身の入った稽古を行えたので、互いに得る物がある環境と言えた。

 それと騎士達は、ヤトにボコボコにされているだけでなく、重犯罪者と命懸けで戦っていた。これは以前ヤトが提案した手っ取り早く実戦経験を積む行為だ。

 犯罪者もそのままでは良くて投獄、最悪は拷問の末に処刑。ならば与えられた剣で相手に勝って恩赦を願う方が、まだ希望ある未来を手にする可能性があった。

 結果、互いに命を懸けた死闘が繰り広げられて、若手騎士は貴重な実戦経験と殺害の経験を積む事ができた。これには部下の不甲斐なさを嘆いた騎士団長ランスロットも満足していた。ただし発案者のヤトは騎士達から余計に恨まれていた。



 騎士達から恨まれていたヤトは、今日も日課となった騎士達との稽古に出かけようと城の客間から出てきたところ、廊下に明らかに不審な樽が置かれているのに気付いた。誰かが置き忘れたのかもしれないが、何か引っかかる。

 取り合えず離れて観察してから、近づいて軽く蹴りを入れてみる。当然樽は揺れたが、空にしては揺れが少ない。中身が入っているのだろう。

 さらに強く蹴ると、どこかで小さな悲鳴が聞こえた。

 ヤトは思い切って樽の蓋を開けようとしたが樽は逆さだったので、樽ごと持ち上げると、何故かそこには頭に丸い動物の耳が付いた少女が体育座りをしてヤトを見上げていた。

 二人はじっと見つめ合うが、ヤトは無言で樽を戻して立ち去ろうとした。


「ちょっとぉ!!何で無視して立ち去るのよ!」


 樽を投げ出して少女はヤトに食って掛かる。


「かくれんぼの邪魔をしてはダメかなって思って」


「わ、私はそんな事する子供じゃないわよ!!なんて無礼なのっ!!」


「???子供がそんなこと言っても。僕はやる事があるので遊ぶのは友達としてください」


「だから遊びじゃないって言ってるでしょ!そもそも貴方は誰よ!何でその部屋から出てきたのよ!」


 ギャアギャア喚く亜人の混血らしき少女。正直相手をするのが面倒だったが、相手は子供だったので剣を抜く気は無い。

 そもそも部屋から出てきたのは自分に割り当てられた部屋であって、それに文句を言われる筋合いはない。

 しかしヤトはそこでもう一人同室の者が居たのを思い出した。ここ暫く夜の仕事が忙しいから、と言って顔を碌に合わせていない盗賊のカイルの存在に思い至る。

 このチンチクリンは彼の友達か何かだろう。年も似たような頃合いである。


「同室のカイルはまだ仕事から戻って来ていませんよ。一緒に遊びたいなら出直してください」


「なーんだつまんない……っていい加減子供扱いはやめなさいよ!!この私が第六王女のモニカと知っての狼藉なの!?」


「貴女が誰の子であれ、子供を子供として扱うのに何か問題でも?」


 いい加減子供の相手をするのが面倒になったヤトは、言うべき事を言いきって、スタスタとその場を離れたが、モニカと名乗った少女が回り込んで道を塞いでしまう。

 そして彼女は唐突にヤトの手を噛んだ。

 当然の凶行に反応しきれなかったヤトは何とかして彼女を振りほどこうとしたが、力一杯噛んでいるのでなかなか離れてくれなかった。

 彼女の凶行を止めたのはたまたま通りかかった使用人―――サラに従っていたマオだった。


「おやめくださいモニカ様!おやめになられないとサラ様に言いつけますよ!」


 その一言で少女はピタリと凶行を止めてヤトから口を離した。そして彼女は無言で走り去った。

 マオはヤトに頭を下げてから彼女を追う。残されたヤトは手の痛みに顔をしかめながら、予定通り鍛錬場に向かった。



 鍛錬場で日課のように未熟な騎士達を適度に這いつくばらせたヤトは小休憩をして水を飲んでいた。

 騎士達も最初の頃に比べて多少は動きが良くなったが、まだまだ実戦に使えるほどの者は少ない。だが、それでも死なずに強くなれるのだから彼等は幸運である。実戦で負ける事はすなわち死ぬ事に等しい。

 今も担架で運ばれる若い騎士は多少内臓を痛めて悶絶しているだけで死体ではない。後遺症も残らないほどの軽傷だ。その程度なら午後から復帰するだろう。

 加減は疲れるが、王と決めたルールだから仕方がない。


「一思いに殺せれば―――そんな顔をしているぞヤト。――――ん?その手の痕は何だ?」


 後ろから話しかけてきたのはアルトリウスだ。彼は既にヤトに斬られた傷も完治して、今は鈍った勘を戻すために朝から晩まで模擬戦を繰り返している。当然ヤトとも何度も戦っている。

 ヤトは朝に出会ったモニカの事を話すと、アルトリウスは納得したような、それでいて困った顔をする。


「あの方は姉のサラ様をいたく慕っておられるからな。不用意に近づく者に敵意を抱く」


「でも用があったのはカイルみたいですよ」


「はて?彼と何か接点でもあったのか。それに貴様の事は敢えて伏せておいたのに手を噛むとはな。いや、手だけで済んだのか」


 何か不穏な事を呟いたがヤトは追求しなかった。



 その日の夕方、ヤトは兵士や騎士が利用する食堂で食事を摂っていた。

 城の客人であるヤトなら相応の場所で食事が出来るが、時間がかかる格式張った食事は好まないので、もっぱらこちらを利用していた。


「アニキー、おはよう」


「もう夕方ですよカイル。相変わらず滅茶苦茶な時間に起きるんですね」


 欠伸をしながら夕食ならぬ朝食を持って来たカイルはヤトの隣の席に座る。

 さらにもう一つ大きく欠伸をしつつ、豆のスープを飲みながらパンを口に放り込んだ。

 ナイフのように尖った大きな耳が元気無く垂れ下がっている。余程眠いのだろう。

 彼は夕方に起きて、仕事と称して出かけて、朝方に戻ってくると、そのまま部屋のベッドに潜り込んで寝てしまう。完全に昼夜逆転の生活を送っていた。

 二人はそのまま何か喋るわけでもなく、黙々と料理を口に運んでいたが、ようやく眠気が冴えてきたカイルが話しかけた。


「アニキ、アニキ。明日の夜時間ある?出来れば仕事の助っ人をお願いしたいんだけど」


「内容によりますよ。盗みとかなら僕は手伝いません」


「大丈夫。アニキの得意な荒事だから。相手は堅気じゃないから殺しもアリだよ」


「良いですよ。最近実のある稽古はしていても、命懸けの戦いはご無沙汰でしたから、ちょうど良い」


 二人はまるで明日一緒に遊びに行く約束をするように殺人を計画する。

 普通ならここで周囲の兵士や騎士が制止するはずだが、二人の周囲には全く人が居ない。正確にはヤトと関わり合いになりたくないので誰もが放置していた。

 明日の戦いに気を良くしたヤトはいつもより饒舌となり、カイルにモニカの事を話した。しかし彼はモニカの名前や王女であるのは知っていても面識は無いと訝しんだ。


「まっ別にいいか。お城に居る間にどこかで顔を合わせるでしょ。わざわざ気にする必要なんてないよね」


 カイルは深く考えずにモニカの存在を頭の隅に追いやったが、これが後々とんでもなく面倒な事態に発展するのを二人は知らなかった。



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